「――――あんたが、オレのマスターか?」
月明かり。
滲む蒼の下で、オレは女にそう告げた。
「…………」
「おい?」
「やりました!」
「は!?」
感激しきり。
そんな顔で女は快哉を叫ぶと、手にした機械に何かを打ち込む。
「“ランサー召喚なう、”と……」
「は? なう?」
「あ、ツイッターです。今、あなたの召喚成功をみんなに知らせたところです」
「ツイッ……? なう?」
「はい! あ、リプがさっそく来ました」
「何? 見せろよ。……なにこのモジャ」
「言峰です! ふふっ、一番に返信をくれました! やっぱり優しいんだ……」
「何うっとりしてんの……」
「やだもう! 嬉しい!」
ズギャッ。
「え!? 何してんの!? それあんたの大事なもんじゃないの!?」
「あ。またやっちゃいました、えへっ……」
「いや、笑顔で舌出しても駄目だから! 機械ぶっ壊したから! 粉々に!」
「大丈夫です。また明日ドコモショップに行けばいい話です」
「へ、へえー……」
オレのマスターとやらは変わった女だった。
あと、怪力だった。
携帯電話とかいう奴を素手で粉々に砕き、赤面して笑ってる。素手て。素手って。どういうことなんだよ。
別に肉食べてるとかでもねえのに何なんだよこの怪力。かろり?カロリーメイト?そんなんばっか食ってるのになんでそんな強いんだよ。あと缶詰。
どうせ現世とやらに召喚されたんなら美味い飯を食いたいのに携帯食と缶詰って。種類は色々ありますとかえへんしてたけど味のバリエーションと肉か魚かだけじゃあな。
「あ、あとウィダーインもありますよ。デザートに」
「……いいよ。そんだったらオレが森でなんか獲ってくる。果物くらいあんだろ」
「はあ……美味しいですよ?」
首を傾げてちゅうちゅうパックを吸ってるけど。しろよ。料理くらい。オレでもちょっとは出来るよ。
まあ冬だったけど幸い果実はあった。ため息を吐きながら収穫する。
ぱちぱち焚き火を燃やしていたのでそこら辺にいた獣も捕まえた。別に今夜食わなくても保存すれば携帯食になる。
難儀なマスターとやらに召喚されたものだと疲れを感じ、またため息を吐いた。
頑張れオレ。負けるなオレ。精々数週間とやらの辛抱だ。
聖杯からダウンロード?される知識は有り難い。指折り数えてあと何日とくじけずに済む。
……言い換えれば自分の寿命があと数日と予告されているようなものだったが。くじけない、くじけない。充実した時間を過ごせばいいんだ。
「これを着てください。その格好じゃドコモショップに行けません」
「はあ。随分洒落た衣服だな……」
「スーツです。メンズものの最先端ですよ」
「へえ。……あんた、おんなじようなの着てるな」
「はいっ! 女性物は似合いませんので!」
笑いながら悲しいことを言うのでとっくりと女の全身を眺めてみる。ふうむ?
「別にそんなことねえんじゃねえの。背も高いし、胸もあるし。似合……」
「やだぁ!」
「うわっ!」
パンチ一発。凄まじい風圧のそれが顔の横を通り過ぎていく。
いやんいやんと頬に手を当ててくねくね照れながら、顔を赤く染めて女は甘い声を上げる。
「何を言うんですか、やだ! もう! わたしはそんな甘言に屈したりしませんよ!?」
「別に屈させようとしてねえよ! 世辞でもねえよ! なんで全力パンチなんだよ!」
「全力には全力でと習いましたので」
「意味わかんねえ! その姿勢や良しだけど返すもんがパンチってのはおかしいから!」
「はあ……では、キックですか?」
「なんで力技だよ! ちげえよ!」
先々苦労しそうだった。
「最新の携帯電話をください。家族割りで」
「家族割り!?」
「はい。あなたも一緒に持つんですよ、ランサー?」
「当然ですよみたいな顔で言われても。オレ、使い方わかんねえけど」
「教えてあげます! 一緒にメールをし合う仲になりましょうね!」
「……あんた、サーヴァントを友達か何かと勘違いしてねえ?」
「違うんですか?」
「違う」


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