「ごちそーさん」
バイト帰り。珍しく早く引け、昼を少しすぎた時間に帰宅したランサーはきれいに平らげられた食器の前で手を合わせ、一礼する。
一応、現在契約しているのはカレンであるから本来は教会が身を置く場所なのだけど、衛宮家に“帰宅する”という表現を自然に使ってしまう程度に入り浸りではあった。
薄いつながりではあるがれっきとしたマスターである凛が入り浸る結果、アーチャーもまた同時に。
なんでさ。
と、家主の士郎は言わない。あきらめきっているというか、別にいいんじゃないかなというスタンスなのだ。すでに。
食費だって入れられているし、という。
その答えにはランサーとアーチャーはそろって世知辛い男子高校生だと思い、まったく違った表情を浮かべたものだけど。
「相変わらず食べるのが早いな君は。よく噛んでいるのか? 呑むように食事をするのはだな、消化によくないのだぞ」
「わーってるって。牛乳まで噛んで飲めとかいう世の中だもんな、オレにはよくその辺が理解出来ねえんだけどよ」
「それとはまた違う……いや、別にかまわんが」
「というか、だ」
食器を下げようとちゃぶ台についた手首を掴まれアーチャーはわずかに目を丸くする。褐色に絡む白を認めて、視線を横に流せば微笑むランサーの顔があった。
「オレがおまえの作った飯を、ぞんざいに食うとでも思ってんのかね、ん?」
「―――――、」
「大事に。味わって食うに決まってるだろうが。……おまえみたいに」
「ランサー」
呼んだ名前の最後がおかしな吐息になる。詰まって、やわらかにほどけて、眉間に皺ではなく八の字になる眉。
気難しい顔をするには気恥ずかしいというかのごとく。
自らの指ごと、その上から褐色の手首の内側にくちづけて軽く舌先で舐めたランサーは、呼んだ声のおぼつかなさに重ねて笑う。普段の態度はどうしたのかとでも言うかのように。そんな、子供じみたからかいに大人の余裕を混ぜる。
「ランサー、君な……その、なんだ」
「なんだ、ってなんだよ」
「……わかっているだろうに、らしくなく遠回りなやり方を」
「オレだって搦め手くらい使うさ。猪みてえに鼻息荒く直情任せだけでもねえ。知ってるだろ?」
「ああ、知っているともさ。存分に」
身を持って、とつぶやいたアーチャーに結構、とうなずきランサーがまた唇を寄せた。それは予想していたのか、初めほどの驚きを見せなかったアーチャーだったが、特に不満そうなランサーでもなかった。
別にむやみやたらに驚かせたいわけでもないのだろう。そんなに子供じみすぎて、いるわけでもない。
「……何だね、一体」
「いやよ。おまえの親父さんやお袋さんに感謝しねえとな、と思ってよ。オレは」
手首を掴んだままで、その傍で。
「おまえをこの世に生み出してくれてよ。一人前に育ててくれた。っつうとおまえはまたどうこう不満を垂れるかもしれねえが、オレはおまえが立派に生き抜いたと思ってる。オレの思った範囲で、知ってる範囲で判断して、だがな」
「私を……オレを、育ててくれたのは衛宮になる前の父母だけれど……生き方を、教えてくれたのは」
「エミヤキリツグ、だろ。そっちさんにも土産のひとつでも持って挨拶しねえとなんねえよなあ。っても今のオレの力じゃ天国まで出向いてなんて行けねえから、だいぶ遠い機会になりそうだが」
「いや、そうでもないよ?」
居間に紫煙が漂う。
「―――――な」
「爺さ……切嗣!?」
「やあ、士郎。大きくなった……というか、また随分イメージチェンジしたなあ、はは」
のんびりとした声で言うとくわえ煙草を親指と人差し指でつまみ、ゆるくひらひらと手を振ってみせたくたびれスーツの男。素の表情のアーチャーに切嗣、と呼ばれたその男は十年前、アンリマユの呪いで死したはずの。
衛宮、切嗣そのひとだった。
「な、なんで、ここに」
「うーん、それが僕にもよくわからないんだよねえ。地獄の底でうろちょろしてたつもりなんだけど、気がついたらここにいたっていうか。それにしてもここは変わらないなあ。よく手入れがされてる」
「気がついたらって……またアバウトだな、おい」
「ところで士郎? 隣にいるのはお友達かな? かなり仲が良さそうだけど」
「は? ―――――!!」
ぽかんとした顔で瞠目し、次の瞬間真っ赤になって手首を捻り、勢いのまま一本背負いを決めたアーチャーの耳にランサーがげふっ、と呻いた声が聞こえたがそれどころではない。ごしごしとシャツの袖で濡れている手首を拭きつつ、
「き、切嗣違うんだ、あの、その、これは」
「その拭き方ひでえ……地味に来るなオイ」
「うるさい! ……切嗣?」
「うん?」
「気がついたらと言っていたが、そ、その、…………どの辺から見ていたんだ?」
煙草をくゆらせていた切嗣は首をかしげ、また指先でつまみ上げると、
「そこの彼が僕の居場所をよりによって天国だなんて勘違いしてたよりかなり前かな?」
「だから具体的に言ってくれないかと頼んでいるのだが!」
それによっては!と叫ぶアーチャーはもうぎりぎりだ。それによってはどうなるんだよ、とランサーは頭を撫でつつ起き上がる。
「……エミヤ、キリツグ…………さん。で?」
「うん、大丈夫だよ。そんな確かめるような間を空けなくともね、確かに僕は衛宮切嗣でしかない。で、君は?」
「ランサー……あーいえ、クー・フーリンと言います。息子さんとお付き合いさせていただいてます。かなり親しく。そりゃもう懇ろに」
「ランサー!」
「へえ。そのクラス名、聖杯戦争の関係者かあ。……とすると、だ、士郎もやっぱりそっち側に行っちゃったんだね?」
そのそっち側、というのが聖杯戦争云々なのか、アッチ系ソッチ系のそっち側なのかアーチャーは一瞬判断に迷ったが、どっちにしても間違いではなかったので覚悟を決めると顎を引く。
すると切嗣は一瞬切なそうな顔をしてからそうか、とだけ言った。
「そうか。だから、なんだね。その姿は」
「―――――済まない。……悪かった、爺さん」
「どうして謝るんだい? 悪いことはしてないんだろ、士郎は僕の願いを叶えてくれて、その結果がそうなっただけのことなんじゃないのかな? 僕は、そう思ってる」
「…………」
黙ってしまったアーチャーの頭を一度撫で、切嗣はランサーへと向き直る。
「まあ、せっかく会えたんだから難しい話は止めにしよう。ところで君、士郎と付き合ってるってほんと?」
「ええお義父さん。それはもう深くがっつりと」
「ランサー!!」
「そうかあ。あはは、士郎はかわいいお嫁さんをもらうものだと思ってたんだけど、まさかお嫁にもらわれるとはなあ。うん、ちょーっと育て方を失敗したかなー」
家事とか任せっきりだったからなあ、と屈託なく笑い、切嗣はランサーへ手を差しだす。
「じゃあ、はじめましてのご挨拶に」
言って切嗣は柔和に笑うと、
「飴玉と鉛玉のどっちがいいかな?」
「ずいぶんと過激な挨拶ですねお義父さん」
真顔でランサーは返した。あははーと切嗣は笑う。
「やだなあ、ジョークだよジョーク。こんな二択普通ないだろ?」
「ですよね」
「鉛玉の一択に決まってるじゃないか」
「わあー、すっごくいい笑顔だー」
煙草を口端で噛み、空いた手で胸元から拳銃を取りだし花を散らしながらドス黒く笑う切嗣に棒読みでランサーが返す。差しだされた手を取ろうと出された手とは逆の手が無意識に魔槍を取ろうとする。
クランの猛犬の本能的にだから仕方ない。
「その黒さはアンリマユの呪いの結果っすかお義父さん」
「ん? いいや、地さ。こう見えても生前はねえ、いろいろとやらかしたんだよ? 結構やんちゃしたもんさ、ははっ」
詳しくはFate/Zeroでね?と笑う切嗣にウロブチか、とランサー。読了済みのアーチャーは微妙な顔をしている。
「恥ずかしながらテロまがいの行為もしたっけ。うん、若かった若かった」
「ああ……私も、その、実は」
「士郎もかい? やっぱり親子って似るのかな。ちなみに一部ではエロテロリストとも呼ばれてたんだけど、なんとなく先駆けっぽく」
「オブジョイトイ?」
「き、切嗣も……!?」
時を越えて発覚した父子の共通点。うん。
地味に嫌だ。
あとインリンを知ってる神代の英雄も嫌だ。いくら古代だから、古いからってというか、古いんだか新しいんだかもうなんなんだか。
「―――――で、だ。クランの猛犬ことクー・フーリンくん」
拳銃を回転させ、またランサーへ突きつけると切嗣は変わらず花を散らしドス黒く笑い。
「僕はね、そんなに君の伝承を詳しく知らないけど君がかなりお盛んな英雄だってことは知ってるよ。たとえば暴走したとき、生娘たち百人を残さず食べ尽くしたとか。いやあ、とてもじゃないけど見習えないね、人の身としては、というか男としては?」
「…………」
「どうしたんだい士郎?」
「いや、別に、何でも」
前述通りにZeroを読了済みであり、なおかつ衛宮士郎だった頃女性のあしらい方あれこれについて教わっていたアーチャーはなんとなく何かを発言したかったが上手く言葉が出てこなかった。爺さんそれはキワい発言だよ、と思ってはいたけれど。
「それはそれで否定はしませんけど。オレもまあ、若い頃は義父さんみたいにやんちゃしましたし。犬絞め殺したりとか」
「…………」
「どうした? アーチャー」
「いや、別に、何でも」
やはり上手く言葉が出てこないアーチャーだった。
やんちゃで絞め殺された犬、かわいそうすぎる。
ランサーはしばらくアーチャーを見てはいたが真顔になると切嗣に向き直り、
「でも、オレは真面目にアーチャ……息子さんを愛してます。嫁さんと同じくらいに本気で、生涯連れ添っていこうと」
「へえ。それ以上だって言わないんだね? セールスポイントになりそうなものなのに」
「嫁さんは嫁さん、アーチャーはアーチャーですんで。どっちが上だとか下だとかそういう問題じゃなくて、愛してる。それが大事なんじゃないかとオレは思ってます」
「ランサー……」
「なるほど、大らかだ。光の御子らしい答えだね。―――――それで」
かちん。
静かに、撃鉄の動作音が居間に響き渡った。
「君は、さっきから何をナチュラルに僕のことを義父さん呼ばわりしてるんだい?」
「いや、オレの嫁御の父親なら、義父さんじゃないすか。それとも実は義母さんですか」
「光の速さで葬られたいのかな? もう死んでるってのに二度目の死を望むとは物好きだねえ」
「速さなら負けませんが」
最速ですから、とつぶやいたランサーの瞳が赤く輝く。
笑顔の中の切嗣の瞳が温度を下げた。それでも笑顔は張りついたまま。
―――――無音。
「Time alter・square accel ッ!」
「―――――“突き穿つ”……」
「爺さん! ランサー!」
アーチャーが叫んだときにはもう遅く。
アンリマユ降臨再来か、といったまさに泥沼展開がランサー……クー・フーリン、そして衛宮切嗣、両者の間で繰り広げられるのだった。
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