白い姉弟が騒いでいる。珍しい。小さな姉が弟に食ってかかり気味に見えるのも、大きな弟がそれに焦っても慌ててもいないのも。白い髪のまったく肌の色が違う姉弟が、なにやら騒がしく喧々囂々わーわーにゃーにゃー。
「なあ坊主よ」
ランサーはそれを見つつ煙草のフィルタをがじり、と噛んだ。
その頭には青い耳。漂う紫煙と共にゆったり同じ色の尻尾が揺れる。なにさと見上げる士郎にも同じような耳と尻尾、―――――ただし赤銅色―――――がついている。
「なんでおまえは犬なのに派生系のアーチャーがアレなんだ」
「なんで俺が知ってると思うのさ。というか俺が知りたいぞ」
あんたは猛犬だからまあわかるけどさ。それ以外ないよ。言われてランサーは赤い目を細め、下にある犬耳を引っ張った。
「いてててて!」
「だから落ち着くことだイリニャスフィール。この状況、焦っても良いことはないだろう」
「これが落ち着いていられる状況かしら、アーニャー!」
ランサーと士郎は顔を見合わせる。
「イリニャスフィール」
「アーニャー」
つぶやいた。ほとんど重なるか重ならないかくらいのテンポ、リズム、タイミングで。
そしてきゅんとした。
「ベタだとは思うが、いいんじゃねえの」
「ああ……うん、まあ、俺もなんかいいと思う」
間違いなんかじゃないんだから。あと下心なんかじゃないんだから。
さて、ニャ、といえば大体お分かりのことだろう。なんでおまえが犬なのにアーチャーはアレだと士郎に聞いたランサーの意図も。アレとは何なのかということも。ニャ。イリニャスフィール、アーニャー。
白いふたりの頭にぴこんと生えたのは同じく白い猫耳だった。
イリヤはすらっとした尻尾で、アーチャーは鍵尻尾という違いはあったが。
「それにしてもあの嬢ちゃん、なんであんなに嫌がるのかね。女ってのは、特にあの年頃はかわいいもんが好きだろう? 重ねてあの嬢ちゃんは結構な少女趣味だとオレは記憶してたんだが」
「……詳しいなランサー。なんでさ」
「そりゃオレのアーチャーの姉ちゃんなんだろ。じゃあ将来のオレの義姉さんになるんだろ? ならいろいろ知っとかねえと付き合いに支障が出るってもんだ」
うわ、言いきったこのアルスターの光の御子。というかなんだその計算式。計算してない天然の計算式!
自分の姉であるとも、なんだか胸に抱えたもやっとしたものも口に出せず結局しまって、士郎は騒ぐイリヤとアーチャーを見る。
騒ぐ、と言っても一方的に激昂している様子なのはイリヤだけなのだが。
「イリニャスフィール、」
「いーいアーニャー、いいえシロウ。わたしは嫌いなの! 猫なんてきらいきらいだいっきらい! なのにどうしてわたしがこんなことにならないといけないの!? 猫とのキメラなんてまっぴらだわ、シロウはかわいいと思う……けど……」
叫んでから困った顔のアーチャーを見てぶんぶんと首を振り、イリヤはやっぱりダメ!と声を張った。
「猫だけはダメ―――――!!」
ダメー、ダメー、ダメー、ダメー。
衛宮邸隣三軒レベルでなく響き渡る少女の絶叫。ぴーんと逆立った尻尾。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの猫嫌いは深刻であった。
「リンったら、帰ってきたらただじゃ済まないんだから。うっかりが許されるにも限度があるのよ。わたしのお城を破壊したこと、その前科があるってこと忘れたのかしら、わたしは別に心が狭くないしお金にだって困ってないからそれは別にいいのよ、恨んでなんかない。……だけどね? わたしを猫なんかとのキメラにして、しかもシロウまで同じ目に遭わせたこと、それだけは万死に値するわ」
うふふふふふ、と笑うイリヤ。ネコミミ少女といった萌えビジュアルであるのにその言動は限りなく恐ろしい。うにゃーん☆だとかそういうことじゃなくなんというかこう、夜毎行燈の油を舐めたりそっち系に走りそうだ。
大体某ネコarkだとかカレイドなルビーさんとか、こちらのメーカーさんのネコミミ系にはろくなのがいない、あんまり。
ネコミミって萌えアイテムなんですよ?
ジェノサイドモードに入りかけたイリヤの発言から導きだすに今回の原因はうっかり魔術師・遠坂凛だ。以前にアインツベルン城爆破の前科を持ち、大体の厄介事の原因はと言えば遠坂さんじゃないですか?と言われるに値する彼女。
今回もそれって姉さんの仕業じゃないですか?と妹である間桐桜に穏やかながらさらっと言われ、吊るし上げを食らって白状したというわけである。
この業界、大体の厄介事の原因は遠坂凛のうっかりとギルガメッシュの不思議な宝物庫の中味とキャスターの超魔術だ。
イリヤの聖杯パワーも普段は上記の仲間なのだったが今回は被害者となったのだった、南無。
白い聖杯では中和できなかったのでそれならば黒い聖杯である桜なら、と互換案。おかげで凛と桜、補佐としてライダーが原因解明及び解決に奔走することとなった。
「爆発オチならともかく、その範囲内にいた人間も英霊もホムンクルスも全員動物化だなんて性質が悪すぎるわ!」
動物化というかまあキメラよキメラ、と繰り返すのはイリヤがアインツベルンである故だろう。
ちなみに凛は爆心地にいたので無事。桜、ライダー、バゼットは外出中で同じく。セイバーは獅子となったが特に本人としては問題ないらしくこれじゃ夕飯の買い物に行けないという士郎、アーチャーの代わりに商店街に出かけていった。普通に。
ただし、「シロウ、アーチャー、そしてイリヤスフィール。その愛らしい姿をわたしが帰ってくる前に元に戻したりはしないでくださいね!」と言い置いて。
セイバーとて騎士王といえど、少女だ。かわいいものが好きであって何もおかしくはない。
「……シロウ」
ひとしきり怒ったイリヤが不服、不満、そして不思議そうな顔で自分を見下ろすアーチャーを見る。
「どうしてシロウは怒らないの。そんな姿、恥ずかしいでしょう? わたしがかわいい格好を薦めるといつでもいやがるわ。まあ、結局最後には言うこと聞いてくれるけど」
「……聞くんだアーチャーのやつ」
「ま、弱えんだろうな姉ちゃんには」
天敵らしいしとつぶやいてランサーはまたフィルタを噛む。アーチャーは犬たちふたりの会話が聞こえているのかいないのか、耳を動かして。
「―――――恥ずかしくは、あるが」
このような大柄な体に猫さんの耳と尻尾などみっともない、と言いつつ指で軽く触りうっすらはにかんで。
「けれど、姉さんがそのみっともなさを打ち消してくれるほど愛らしかったものだから」
「…………」
「…………」
「…………」
「……姉さん?」
「おまえがかわいいんだよ馬鹿野郎―――――!!」
「ああもう右に同じだばか―――――!!」
「シロウのばか! シロウのばか! シロウのばか!!」
「うぉわあっ!?」
なんてかわいいの!とイリヤは叫んで全身を使いアーチャーに飛びつく。必殺奥義トペ・アインツベルンの発動にうろたえるアーチャー、しかもランサーと士郎までもがトペ化した。
トペ・ランサ……クー・フーリン、トペ・衛宮?
ネコミミで男らしい声を上げるアーチャーは当然三人を受け止めることなどできず、そのまま押し倒されて倒れこむ。下敷きになる、純日本家屋にカーペットなどいらないというのに。
「駄犬はともかく衛宮士郎! 貴様まで血迷ったか!?」
「だってしょうがないだろ! なんなんだよおまえ! 意味わかんないぞ!」
「私のせいか!?」
「あーあーあーもういいだろそんなん、かわいいもんはみんなで平等にかわいがりゃいいんだよ、昼間は」
「ちょ、ランサー今聞き捨てならない発言が」
「ランサー? ……いいえクー・フーリン、わたしのかわいい弟をどうするつもり、夜、一体ひとりで、どうするつもりなの?」
「ひとりじゃねえよ嬢ちゃん。いいやオネエサマ、アーチャーがいるからふたりきりだ」
「余計許せないわ!」
逆立つイリヤの尻尾。渦巻く魔力、対してランサーにもマナが集まり始める。
「て、イリヤ、ランサー! 何考えてんだ、こんなときに、今っ!」
「さすが猛犬の異名は伊達じゃないわね! その噛みつき癖、今ここで終わらせてあげる。覚悟はいい?」
「おいおい穏便に行こうぜ嬢ちゃん? 確かにオレは略奪婚の時代に生きたが、この世にだって適応する気はある。むざむざこいびとの血縁を殺したくはねえよ」
「そう、覚悟はいいのね」
「ランニャー! イリニャスフィール! やめないか!」
視線が集まった。
はっとアーチャーが口を押さえる。
ランニャー。
イリヤスフィール=イリニャスフィール。なら、ランサー=ランニャー。
うん。
おかしくはない。
衛宮士郎だってうっかりすればえみにゃしろうとか呼んでいたのかもしれないのだ。混乱の最中で呼んだものだから誰もわからないけれども。
「もう一回! アーチャーもう一回、な、もう一回!」
「もう一回! シロウ、もう一回! ねえシロウ、シーローウー!」
「い、言わんぞ私は! もう絶対、二度と絶対何があろうと断固として言わん! 絶対に……おい衛宮士郎! 呑気に日和り見ていないで止めんか!!」
「……ごめん、無理だそれ」
えみにゃしろうでした。
でもって最後の一押しでした。
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