まいった。
あれはない。ありゃ、卑怯ってもんだろ。
「ランサー? ランサー、どこにいるのです?」
そりゃあ戦術ではあるだろうさ。相手を油断させてその隙に、ってのはな。基本だぜ。だがそれを素でやっちまうってのはどうなんだ?おかしかねえか?だって結果論として戦術でも何でもねえってことになる。罠でも、欺きでも、嘘っぱちでもない。……なあ、おかしいだろ。
「ランサーさん、マスターが呼んで……ランサーさん?」
だって、それは結果としてあいつが。
「ギルガメッシュ。ランサーを見つけたらすぐわたしに報告なさい。まったく、逃げきれるとでも思っているのかしら、あの駄犬。だとしたらわたしも侮られたものだわ。そして悲しい。だって下僕……いえ、使い魔、サーヴァントを手元に置いて管理しきれないだなんてまるでどこかの誰かのよう。これではわたし、その誰かさんをつついて傷を…………。なんでもありません。ただ、ランサーには責任を取ってもらわないとね?」
だって元主従だものと微笑んでましたよ。それはもう楽しそうに。
木の下からのギルガメッシュの報告も聞こえない。小さな体では高い木のてっぺん近くを見上げるのはたいそう辛いことでもあるのだが。彼が大きければ雑種!と叫び木の幹に容赦なく蹴りを入れるかエアで一刀両断していただろう。だが幸いにも彼は小さかった。
用事を言いつけられてわざわざ彼が大人に戻ることなどない。
「ランサーさんったら。季節は秋なんです。葉っぱは落ちて木はやがて裸になるでしょう、そうしたらマスターにも見つかっちゃいますよ? ……まあ、その前に彼女にはいろいろとお見通しな部分もあるんでしょうけれど」
赤い布で直に木の上のランサーを捕縛にかかるか、それとも木を縛り上げて最終的に折れたそれから転がり落ちてきたランサーをゲットするか。マグダラの聖骸布は男性にのみ有効のものだが。
カレン・オルテンシアはそんな法則を無視して有機物無機物あらゆるものをフィッシュ、そしてゲットする。まるであまり、自由のきかない手足の代わりにするように。
“だってわたしは非力なひとりの女だわ。少しくらい、便利な力に頼ってもかまわないと思うのだけど”
「ランサーさんったらー」
ギルガメッシュは声を張るが返事は返ってこない。さすがの彼もむくれるかと思いきや、はあ、とため息をついて、そして、
「まあ仕方ありませんよね。あの笑顔は反則ってものです」
ズサササササ―――――。
「あれ」
てっぺんから見事に地面まで滑り落ちてきたクランの猛犬。下ろし金のような音が少しした。気がする。
テテテテー、とギルガメッシュは落ち葉と一緒に地面に伸びたランサーに向かって、
「おかえりなさいランサーさん。やっと地に足をつけて歩く気になってくれたんですね?」
もしくは昔の記憶を忘れてこの現代社会に適応する術を思いだしてくれた、と。
野生児。
暗にそう言っているが小さな英雄王に悪気はない。おそらく。たぶん。きっと。じゃないかな。
「ギル」
「はい?」
「見たのか」
み・た・の・か。
首をギギギギと上げて同僚に低くたずねるランサー。血の色をした赤い瞳が剣呑に輝いている。
同じ赤だが比べれば宝石に近いギルガメッシュはその赤をまばたかせて、
「はい。申し訳ありませんが、野暮用で近くを通りがかったときに窓からちらりと」
それ覗き見だろ。悪気もなさそうに言うのは王様理論なのかそれとも違うのか。
とにかくランサーは黙った後、立ち上がった。中腰になり見下ろしていた、自分の身長を優に超す男を上目遣いで見上げる英雄王。
「ランサーさん?」
無言で自分を見つめる視線に、ギルガメッシュが口を開いたときだ。
「記憶を消せ」
「っ、と」
ざっくりと足元に突き刺さった魔槍を見て大きな瞳をぱちくりさせる英雄王。バックステップでかわしてついでにくるっと一回転、腕を後ろに組んで可愛らしく小首をかしげる。ぱちくりぱちくり。まばたきはしばらく続いていたが、
「ランサーさん?」
にこりと大変愛らしく笑う、お子様。
「確かにびっくりするくらい可愛らしい笑顔でしたもんね。自分だけのものにしたくなる気持ちはわかりますが、そこを堪えてどんと構えてこその英雄だと思いますよ?」
僕だって由紀香の微笑を好いてはいますがそれを独り占めしたいとは思わない。
だって彼女は誰にでも優しく笑っているのが似合うひとだから。
「ですからもっとですね、ランサーさんも―――――」
「―――――“突き穿つ”……」
「このようなところにいたのですねランサー。そしてその手にしたものは何か聞いてもいいかしら?」
微笑みと共に抑揚のない平坦な声が楽しそうに彼らの背後からそう、告げた。
時はしばし遡る。
「よお、家政夫」
「……その呼び方はやめてもらおうか。私は仕事でこれらをやっているのではないのでね」
「なら、趣味か?」
「単純に元マスターからの命令だよ。つながりが薄くなっても彼女は変わらず私を使う。彼女自身が認識を変えないのだから仕方のないことだろうが」
言ってふ、と口端に笑みを浮かべたアーチャーだったが、それはランサーが嫌う自嘲的な笑みではない。
彼女。
遠坂凛、アーチャーの(おそらくは元)マスター。なるほど彼女なら態度を変えたりしないだろう。特に一度懐に入れた相手ならば。
とことん完璧主義なようでいて甘い。遠坂凛のパーソナリティだったがランサーはそれが嫌いではなかった。まったくぴったり同じとは行かずとも彼女の他人への接し方はランサーのそれに似ている。
ただ必要とあらば普通にその相手についての認識を切り替えてしまうのは、遠坂凛には出来なくてランサーにしか出来ないことだったのだが。
仕方ない。生きていたときからそうだった。昨日の敵は今日の味方。反転すれば逆になるがランサーはそれについて、負い目など感じたことはない。
ころころと信条を変えているのではなくてそういう生き方しか出来ないのがランサーだったのだから。
「何の用かね? 凛なら今は外出中だ。小僧の家か、それとも新都か。行き先はわからないがとにかくここにはいない」
「そうか。うちのマスター様が嬢ちゃんに用事があるってんで文字通り飛んできたんだが無駄足か」
「待て。……ランサー? 文字通り、というのは」
「別に安心しろよ。ライダーみたいに何かに乗ってかっとんできたってわけじゃねえ。ただ道をわざわざ歩くのが面倒くさいんで」
屋根から屋根へ―――――言いかけたところでアーチャーがため息をついた。ランサーは声高く笑う。
「だから安心しろって、誰も見ちゃいねえよ。俺を誰だと思ってんだ? 仮にも最速の英雄だぜ。そんじょそこらの人間にあっさり見つかるかってんだ」
「そういうことを言っているのではなく……いや、かまわない。ただ君の無事を祈ろう」
「は? おい待て、何うちのマスター様みたいなこと言ってんだ、おまえ」
アーチャーはその質問については答えなかった。用事を終えて道具を手にするとランサーへと呼びかける。
「ちょうど仕事も終わった。君も無駄足ではつまらなかろう? 少しばかり休んでいくといい」
チン。
そこでキッチンの方から軽快な音と、なにやら香ばしく甘酸っぱい匂いが漂ってきた。
「美食家の王から頼まれていてね。杏のタルトレット……改良を加えた試作品ではあるが本人に出す前に他人の意見を聞きたい」
美食家の王。
言われて思い浮かぶのはひとりしかおらず、彼女ならアーチャーの作るものであれば文句も言わずぱくぱくこくこくもきゅもきゅと一心不乱に食べるだろうが誘いを断る選択肢もない。何よりランサーも甘いものは好きだ。
本音を言わせてもらえば杏ではなく、苺のタルトレットであれば最高だったのだが。
こくこくはむはむ。
「……同じ地域の出身ということもあるのかな。君が彼女に重なって見える」
うなずきながら切り分けられたタルトレットを口にするランサーに、アーチャーが小さく笑って言う。笑って。カテゴライズすればそうなるのだが、決して少女たちや何かが浮かべる類の表情とは違うと前置きしておこう。
「確かにオレとセイバーは近い生まれだがな。ひとくくりに食欲とか胃袋キャラとして認識してもらっちゃ困る」
「君、それをセイバーの前で言わない方がいい。消し炭になるぞ」
「その前に逃げるさ」
「いや、姉妹の協力もあるだろう。女性にとって体重というのは非常にデリケートな問題でね。喧嘩をしていても横から口を出されれば見事に一致団結する。まず間桐桜が足止めをし、凛がガンドで程よく弱らせる。そこをセイバーがとどめのエクスカリバーで……」
「淡々とそんな恐ろしい未来予想図を語るんじゃねえ。ていうか言うな。言うなよ!? 今のこと絶対に嬢ちゃんたちにはな!」
アーチャーは目を丸くする。目前に突きつけられた白く細い指をじっと、きょとんと見つめている。
鋼色の瞳がゆっくりとまばたいて。
「ランサー、君は……女性が好きだったと記憶しているのだが?」
「ああ好きだとも。だが命の危険となりゃ別だ、オレは生憎と適正持ちらしいがバーサーカーみてえに何度殺されても生き返るほどタフでもねえしな。生き汚いってのもあるがさすがにあの嬢ちゃんたち相手どって無事でいられるとも思えねえ」
トオサカの嬢ちゃんは言うまでもない。セイバーも同じく。マキリの嬢ちゃんは一見ふわふわしてて甘い綿菓子みてえだが一番怖ええ。
「まあそこが攻略のし甲斐があるってもんなんだがな。簡単に落ちるようじゃ落とす方もつまらねえってもんだ」
「―――――ランサー。凛やセイバー、桜に手を出そうというのなら私も彼女らの陣営に加わるが?」
「あん? なんだ、アーチャー。おまえもオレに攻略してほしいってのかね、ん?」
どうしてそんなことに、だってよ嬢ちゃんたちの方へってのはそういうことだろ、違うわたわけ私が言っているのは君のような駄犬から彼女らを守るということで―――――。
そんな軽口の応酬をランサーは予想していた。そして期待していた。この弓兵はからかうと面白い。皮肉屋でころころと他人を手の上で転がすようなところがあるのに不意に突かれると変なところで変な反応を見せる。それがまた見てると余計に面白い。
言うならばギャップ萌え?
だとか。
実際問題萌えとかそういう概念はランサーには正直まだよく掴めていないのだが、楽しいだとか好意に値するという広い意味でとらえている。
「いいぜ、嬢ちゃんたちを守っていけにえになろうってんならオレも本気になろう。アーチャー、オレに―――――」
言いかけた言葉が途切れた。
てっきり、冷たい視線か無表情か、もしくは前述の軽口の応酬……というには少し重いがそんなものがあると思っていたからだ。
けれど。
「そうだな、それでは」
胸に手を当ててゆっくりと弓兵が表情をゆるめる。ついぞそれは槍兵が見たことのない表情。日頃かたくなで低い声でさえやわらいでどこか、甘く。
「……やってみてもらおうか? 期待しているよ、ランサー」
「―――――ッ」
お、まえ。
そいつは反則だ。
甘い匂いは杏のタルトレットのものだったのかもしれない。あの堅物が香水なんて好むわけがないだろうから。
けれどランサーが目の当たりにしたものは覆しようのない真実だ。胸元に手を当てて、ゆっくりと。
そして満面の笑みで微笑むアーチャーの姿、なんて。
ある意味腐れ縁のランサーも見たことがなかった。
「ランサー? ……おいランサー、一体どうしたというのかね」
「…………」
「ランサー。顔が赤い……なんだ? 君は色が白いから赤くなると目立つ。何かおかしな病気にでも?」
あのな。サーヴァントがだ。
サーヴァントがそんな簡単に病気になるとでも本気で思っているのかこのばかやろうは。
「ランサー。返事も出来んのか? ……もしかして、タルトレットの生地が喉に詰まったとでも? ならすぐ紅茶を用意するが……」
ああああああ。
もう。
どんだけ鈍いんだこいつは!?それでもってベタすぎるだろ!オレをセイバーやそこらのガキと同じ扱いか!!
「ランサー」
伸ばしてきた手が迫る。それが熱い頬に触れて、ひんやりとした感触が伝わることを思ったとたん。
「ランサー!?」
開いていた窓から全力でランサーは飛びだしていた。そして青い流れ星になる勢いで都市を駆け、ホームグラウンドの教会に戻り、木に登って野生児と化したというわけである。
「……随分と趣味が悪いじゃねえか、英雄王よ」
「いやだな、違いますよ。ボクはマスターに言われてランサーさんが忘れていった書類を一枚届けにいっただけです。そうしたら揺れるカーテンの隙間からこう、耳まで真っ赤になったランサーさんの後ろ姿越しにこうなんて言ったらいいのか、」
「なら言うんじゃねえ」
「ランサーさん?」
「だから言うんじゃねえって……」
にっこり。
ギルガメッシュがまさしく天使のような笑みを浮かべていた。どこにも手落ちのない完璧な天使の笑み。
「甘いお菓子、甘い昼下がりの時間、甘い微笑み。仕方がありませんよ」
「ッ、」
ドーン、と外で響き渡る轟音にカレン・オルテンシアは眉もひそめず紅茶をすすっている。ざりざりとティ・カップの底には半分以上を占める溶けない砂糖。薄味ねとささやいて蜂蜜の瓶を手に取りながらカレンは、
「うふふ。しばらくは楽しめそうだわ、いいこと……とてもいいことね」
性質の悪いつぶやき。
けれど一番性質が悪いのは、素、天然、自覚なし。そしてそれに引っかかってしまった百戦錬磨の男は相当運が悪いという話。
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