くい、と持ち手に似た老木で出来た杖が褐色の顎を持ち上げる。
「性別とて、その生まれとて根本から悉く異なるというのに。まったくおまえは面白い者よ」
言いながら老人は皺の中の瞳を異様に光らせている。それは怨讐か。それとも憧憬か、二つが入り混じったものか。
どちらにしてもそれは執着だ。
「桜には言って接続を切らせた。おまえが今ここで儂に何をされようともあの出来損ない―――――いや、まだそれは判別つかぬ、か。とかくわからんことよ」
「―――――く、」
蟲倉の中、這い回る蟲たち。キイキイキイと泣くように嗤うように叫び続ける。
その声を聞いたからか別の理由からか苦悶の表情を作る褐色の表情。サーヴァント、そう呼ばれる使い魔、奴隷。
キイキイキイキイ。そのサーヴァントの耳には蟲たちの声はひどく不快に聞こえるらしい。キイキイキイキイ、キイイイイイ。
「桜と同じようにおまえも儂の忠実なしもべとしておこう。なに、定型ではあるが“辛いのは最初だけ”よ。その最初を存分に泣き叫び耐えるが良い」
桜と同じようにな。
桜、その名が繰り返されるたびにサーヴァントの表情が歪む。起き上がることは許されず蟲と同じように床に這うしかない状況。それが苦痛なのではなく、そうではなく―――――。
「それ、飲み込め。ひとくちめは痞えるかもしれんが何。越えてしまえば馴染んでいく」
杖を伝って老人の体からぽろり、と何かが落ちた。それは蟲だ。床を這いずるものたちとはまた違った仰々しく禍々しい蟲。それは杖の上を這いずりながらだんだんと先端で顎を持ち上げ、口を開かされたサーヴァントの元へと寄っていく。
ゆっくりと、ゆっくりとした動きがいやらしくそして卑しい。這いずるようになめずって、蟲は杖の上を進んでいく。老人の口元には、笑み。だが皺と闇に隠されそれはよく見えない。
サーヴァントの目であるからこそ見えるのだ。
蟲は進んでいく。ひたすらに進み無理やりに開かされたサーヴァントの顎の辺りに到達した。あとは粘膜に触れて内に這いずるのみ。
「く、あ、」
逆らおうとしてもままならない。そう、定型の行動。老人は笑う。サーヴァントは呻く。差しだした、だされた舌に蟲が触れようとした、


ところで蟲は暗色の霧となって弾け飛んだ。


「な」
ぜだ。
老人はわずかに目を見開き瞳で語る。そうして見た。
サーヴァントを包み込む柔らかだが強い、仄かな桜色の魔力を。
「あやつか―――――」
計画が失敗したというのに老人は笑った。令呪か、言ってくつくつと喉を鳴らした。
「大方何かしらを察しておぬしを傷つけぬように縛ったと、そういうことであろう。なるほど、姉に劣る単なる傀儡かと思えばなかなかやるものじゃのう」
自分を穢すことなく薄れて消えた霧に、サーヴァントは瞠目している。呵呵呵……!高々と老人の笑う声。
「よいよい。これくらいの反逆、許してやろう桜。おまえにはそれ以上の役にたってもらわねばならぬのだからな」
老人はサーヴァントの顎から杖を引く。ど、と倒れ伏す彼からは一時的にだが力が奪われているようだった。
「しばらくここでマスターと同じく、蟲共と遊んでいるがいい」
階段に足をかけ、老人はサーヴァントへ向かって言った。その言葉通りに近づいてくるが、ばしゃばしゃとやはり霧になり消えてしまう蟲たち。生まれては這って行き、ばしゃり、と逝く。
声高く笑いながらその様子を見、老人は階段を登っていく。カツ、コツ、カツ、という音。
その口から小さく声が、漏れた。
「ユスティーツア……何故、おぬしの気配をあのサーヴァントから感じ取る……」
老人のつぶやきを聞く者は当人以外なく、やがて気配は消えて蟲倉には死に逝く蟲たちとサーヴァントだけが残された。




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