頭上に輝くステンドグラスはどろどろとしたものに纏わりつかれる度に、ひとつひとつ色を失っていく。
次いで暗くなっていく室内に、しかしその場にいる四人の中の誰もが文句をつけようともせず、また気にも留めていなかった。
そう。
この場に、この教会にいるのは一人を除いてみなサーヴァントだ。
サーヴァントに暗闇など何の問題となる?暗闇など何の障害となる。そう言うかのように赤い瞳が二人分、薄闇の中でそれぞれの瞬きを見せる。
「言峰、そろそろ準備はいいのではないか? 我を待たせるなどたとえ貴様であっても重罪だ」
「まあ待て。すぐに済む」
ステンドグラスからぽたり、ぽたり、と雨だれのように。
「ッ……! く、っは……あ、」
その雨だれが服に髪に肌に落ちる度、男は身を捩って熱く湿った喘ぎをこぼす。大柄な男が低くこぼす声は意外にも聞き苦しくはなく、それどころか金の髪のサーヴァントの気を引いたようだった。
金の髪のサーヴァントは、ふ、と笑うと、
「おまえは本当に悪趣味よな言峰。しかしこの趣向、なかなか面白いぞ」
床に転がされた男の元へ行き、その顎を捕らえた。
下半身と上半身はほぼ床に寝そべる格好から無理矢理に上を向かされる格好となった男は歯を擦らせ、生理的にか潤んだ鋼色の瞳で金の髪のサーヴァントを睨みつける。
その懲りない抵抗に金の髪のサーヴァントは一瞬不服そうに眉をしかめてみせたが、すぐに機嫌を良くした。
「我に歯向かうなど普段なら許されんことだぞ? だが、貴様のその顔は気に入った」
「こ、の―――――」
男が額に汗を浮かべ金の髪のサーヴァントをさらにきつく睨みつける。だが金の髪のサーヴァントはその美貌をぐしゃりと喜悦に歪め、男のささやかな抵抗を大声で笑い飛ばした。いかにも楽しそうな、いっそ躁的な笑い声は天井に跳ね上がり、しばらくは消えることがなかった。
「……もういいぞ。体のどこにも泥で穢れていないところなどないというくらいにしてやった。不意打ちを食らう心配もない」
「ハッ! 言峰、おまえが後先の心配か? だがまあいい」


金の髪のサーヴァントはゆっくりと、床に転がる男の蔑称を口にした。
「―――――フェイカー」
未だに顎を捕えられている男は目を眇め、眉間に皺を寄せると奥歯を軋ませ、鳴らす。そして何とか逃れようと身を捩るが、身にまとう赤い衣装に染み込んだものが重いのか、ぎくしゃくとして全く自由には動けないようだった。
「そら、もっとあがいてみせよ。我を楽しませているうちは弄んでやるが、そうでなくなった場合は……」
「く……!」
男の顔にひとすじの汗が伝う。縛られもせず床に投げだされた手の中でひっきりなしにノイズが走り、白と黒の剣が現れては消え、消えては現れた。何度やっても無駄だということを認めたくないのか、男は執拗にその行動を繰り返す。
「…………」
「ランサー。おまえは参加しないのか?」
金の髪のサーヴァントに言峰と呼ばれた男は、教会最奥の長椅子に腰かけている青い髪の男へと呼びかける。青い髪の男―――――サーヴァント、ランサーは頬杖をついた体勢で目の前で起こっていることには関わらない、というポーズを取っていた。
長椅子に立てかけてある真紅の槍。それを手に取ってカツカツと何をするでもなく床を鳴らすと、ランサーは平坦な声で、
「悪いがオレはそういうの趣味じゃねえんだわ。せっかくのお誘いだが、辞退させてもらうぜ」
「趣味ではないというのはこの行為についてか? それともあそこに転がる供物に対してか」
「ここで馬鹿正直にてめえに答えたってどうなるわけじゃねえだろ。とにかくオレは何にもしねえからな」
強制的にやらせたいのなら令呪を使え。
ランサーはそう言い、再び長椅子の上であぐらをかいた。
言峰はしばらくはじっとランサーの様子を見ていたが、飽きてきたのかもうひとり、金の髪のサーヴァントに向かって声をかけた。
「ということだ、ギルガメッシュ。その供物はおまえひとりで喰らってしまうがいい」
「このような泥にまみれたものの何が供物か。その上こやつは我に媚びず、事もあろうに逆らおうとしているのだぞ?」
「その割に楽しそうではないか。口元が裂けんばかりに吊り上がっているぞ?」
言峰の指摘する通り―――――金の髪のサーヴァント、ギルガメッシュは唇から小さく笑いをこぼした。
そうして、手を伸ばし男の褐色の肌に触れる。
「…………、あ、く、」
「全く、どこもかしこも汚らわしい。だというのにこの我直々が触れてやろうと言うのだぞ。心して頭を垂れるがよい」
「何を……っ、!」
既に顎から離していた手でギルガメッシュは男の前髪をわしづかみにし、いったん高く引き上げた。
衝撃か、それとも。
手の内に顕現していた二対の剣が乾いた音と共に破裂して霧散する。きらきらと破片が落ちていくその床に、男は勢いよくうつぶせに叩きつけられた。
「ぐ……!」
男は当然のごとく呻いた。そのうなじを押さえ、ギルガメッシュは嗜虐的な色を瞳に宿らせる。
「随分と地べたに這いつくばっている姿が似合うではないかフェイカー。ん?」
「……こ、の、」
「聞こえんぞ」
「…………!!」
ぐいぐいと床に押しつけられて、声すら自由にならない。抵抗しようと体は動いているはずなのだがちっとも男にとって状態は転向しないのだった。
「―――――!」
聖骸布にもどろどろとしたものがこびりついていて、持ち上げると結構な重さとびしゃり、というほどに濡れそぼっている生地の触感を知ることができた。
ギルガメッシュは片手で男のうなじを押さえ、赤黒く色を変えた聖骸布をおざなりにまくり上げると宙の空間から一振りのナイフを取り出す。小ぶりのそれは見かけによらずよく切れるものらしく、ギルガメッシュはすいすいと操り、男の下肢を覆うぴったりとした布地をやはりおざなりに切り刻んでいった。
「つ…………!」
「ああ、切れたか」
あとはベルトが数本残るばかりといったところで、男が声を上げる。ギルガメッシュは自らの持つナイフを見、赤い血が伝い落ちる男の太股を見て、ただそれだけの感想を漏らした。
「慣らさずともこの泥共が大方やっておいたのだろう? それならば、余計なことに時間を取ることはないな」
床に落ちた泥に似たものは溜まりになり、そこかしこで気泡を孕んでいる。間近にそれを見て、男は、くう、と低く呻いた。
「言峰。おまえも混ざってもよいのだぞ?」
「いや。せっかくの誘いに何だが……私は見ている方が楽しいのでな」
「こいつに触れて、犯してみたいという欲求はないと? 好き放題に嬲ってやりたいという欲求はおまえにはないのか?」
「生憎と。……そんなに勧めるのなら、ランサーとおまえとで彼を弄んでやればいいのではないか?」
―――――チ。
長椅子の方から舌打ち。がたがたと動きの割にひそかな音を立てて、ランサーは前の座席の背に乗せた足を組み替えた。
もう、うんざりだ―――――とは言わなかったが、何度言わせるのだといった顔つきでランサーは告げた。
「言っただろう。オレにはそんな趣味はねえんだよ、一切な。オレの目の前でやるのには口出ししねえ。だからおまえらもオレに口出しするな」
何故だか。
ランサーが言い捨てたその瞬間、男の鋼色の瞳がわずかに揺らいだ。
本当にわずかな変化だったから、男本人でさえ気づかなかっただろうが。


「っ、―――――……!」
まるで獣のように、よつんばいの体勢でギルガメッシュを受け入れさせられた男はそれでも何とか最初の声は押さえた。
けれど、突き上げられて押し込まれるうちに母音が溢れて、漏れ出た声が濡れていく。
「あっ、あ、ふあ、あっ、あっ、ああっ、」
「最初からその声とは、さぞかし泥は悦かったのだな? もちろんそれよりも我の方が悦いに決まっているがな」
「……あっ……んん、く、ふ、……! う、」
男は目の前の自分の手を噛んで声を殺そうとするが、ギルガメッシュにあっという間にむしりとられてしまった。
粘着質な音を立てるのが滲み始めた体液なのか、それとも身にたっぷりと浴びた泥なのか。わからなくなるのは当然の結論だった。
「フェイカー……声を出せ。身悶えろ。その狂態、全てこの我に捧げよ」
「…………」
揺さぶられながら、男は奥を見た。
男の弄ばれるそこから遠く――――― 一番後ろの長椅子に座ったランサーを視線で捕らえると。


「    」


声にならない声を口にして、また行為に溺れた。
長椅子に腰かけたランサーはその姿を見たのか、見なかったのか。
ただ一度ちらり、と視線を向けて、もう一度。
誰に向けてかわからない、舌打ちを、したのだった。




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