学園モノでの“あるある”。
朝、遅刻遅刻〜!と言いながら食パンをくわえて駆けてくる少女と曲がり角で接触!チカチカと舞う星が薄れていった先にはやけに可愛らしい柄のパンツ。
まくれ上がったスカートを押さえて真っ赤になった少女は叫ぶ。み、見たわね!?この変態!痴漢!ばかばかばかっ!へんたーい!
ばっちり見てしまったもののそんな風に叫ばれればむっとする。それはないというものだろう。そっちだって不注意だっただろ!こっちだけのせいじゃない!
開き直るの!?最低っ!開き直ってるんじゃない!そっちが前方不注意で、どこが開き直ってないっていうのよ!口論を繰り広げている間にも道路に齧りかけの食パンが落ちている。
―――――と、これは転校生が受けるある意味での洗礼のようなものだ。
なので朝。慣れない早起きをして曲がり角付近で待機してみた。通学路から微妙に外れたここは人通りがほとんどと言っていいほどない。お決まりのシチュエーションを体験するには絶好のポイントである。
いずれ訪れるだろう未経験の事象に、胸が期待と興奮(やましいものではない、決して)に高まる。曲がり角に張りついて標的を待つ。
三分経過。カップラーメン完成。
五分経過。猫舌にはちょうどいい温度になった。
十分経過。ちょっと伸びてきた。
十五分。……遅くないか?
三十分。…………いや、普通にこれって。


「それではこれでホームルームを……あらら、ダメじゃないまったく! そんなに堂々と遅刻してきちゃ!」
しかも前のドアから!と担任の藤村タイガーこと大河(何か間違っているようだが気にしない)が腰に手を当てて珍しく教師らしいことなどを言っていたが自分の耳には届かない。なによーう、せんせいのはなしをきかないこにはしゅくだいいっぱいだしちゃうんだからー!
騒いでいるのを通り越して、タイガーの横に立った新品の制服を着た矮躯の少女に。
「なんで来なかったんだよ!」
「……初対面の君に突然そう言われても意味がわからんし、そもそも約束をした覚えが私にはないのだが……」
「“お約束”ってのがこの世界にはあるんだろ! 聖杯機能でこちとら学習済みなんだよ! で、なんで来なかった!」
「“お約束”と言われても…………ふむ、話だけは聞かないこともない。私が来なかった、とは?」
「なんであそこの曲がり角で遅刻遅刻〜! って言いながらトーストくわえて走ってこなかったんだよ!」
「私は遅刻などしないし、朝食はきちんと家で済ませる。パンをくわえながら走るなどみっともない」
「いいからパンツ見せろ!」
「……I am bone of my sword」
教室は一転、名剣魔剣が突き刺さる一面の荒野。歯車がごうんごうんと重々しく回り、哀れハリネズミになった男子高校生がひとり倒れ伏していた。
完。
「そう簡単に終わってたまるかよ!」
がばりと男子高校生、ランサーが跳ね起きると彼の様子を遠巻きに覗きこんでいたクラスメイト、担任の藤村大河、そして矮躯の少女、転校生アーチャーがびくりと反応する。
剣が猛犬危機一髪を通り越してぐさぐさざくざく刺さっているのに何故立った。何故立った、ランサーよ。
クラスメイトたちは心で叫ぶ。何故立った。何故立てるのだ、ランサー!
「オレの仕切り直しと戦闘続行スキルを舐めるなよ。これくらい転校生のパンツに比べれば単なるかすり傷だ!!」
「私には瀕死に近く見えるが。それならば決定的な致命傷を与えてやらんとならないかな?」
朝のさわやかな教室、すこぶる物騒なことを小鳥がさえずるような声で吐いてアーチャーが微笑む。固有結界は解かれていたがすぐさま発動できるといった構えである。早口で詠唱完了余裕です、アイアムアンリミテッドブレイドワークスッ!
省きすぎです。
「まったく往生際の悪い相手はこれだから困る。転校前の学校にも似たようなタフな相手はいたが往生際は悪くはなかった」
いっそ潔かったよ、と語るアーチャー。用務員の方だったのだが。と語る。筋骨隆々とした天を突くような鉛色の巨体―――――。
「…………るせえ」
「は?」
下を向いてつぶやかれた言葉は聞こえなかった。思わず無防備に前に踏みだして問い返してしまったアーチャーに、
「うるせえ! いいから四の五の言わずにパンツ見せやがれ―――――!!」
「君、それはもうフォローのしようがない最低の発言だぞ!?」
「男は死ぬときは前のめりで死ぬもんなんだよ!!」
「いや、まったく意味がわからん!!」
クラスメイトと藤村大河はおいてけぼりだ。じりじりと前へ両手を嫌な形に突きだし構えて迫るランサー、胸元を押さえながら時々スカートを押さえてじりじりと後退するアーチャー。
はっきり言ってなにがなんだか。
「君な、もうあきらめて席につけ! 授業が始まるぞ!」
「気になる奴のパンツを見ずに席につけるかよ!!」
「君と私は初対面だが!?」
「ハイハイずっと前から見てましたー! これでいいかよ!?」
「逆ギレ!?」
いや、実際にランサーはアーチャーを以前から気にしてはいたのだ。名門女子高に通っていたときのアーチャーを偶然見かけ一気に虜になった。だが名門女子高のガードの固さは半端ではなく声をかけるどころか近づくことすら出来やしない。校則。異性交遊禁止、これである。
その相手が自分の学校に転入してくるとなれば?
「裏切ったな! オレの純情を裏切ったなアーチャ―――――!!」
「先ほどから君の連呼している言葉からすれば純情などとさらさらおかしいわ、たわけ!!」
うんうん。
クラスメイトと大河が同意する。
「……ッ!?」
背後が窓となり一瞬動きを止めたアーチャーは目の前で沈んだ青い色彩に驚愕の声を上げる。まばたきの間に消え失せたランサー。
一体どこに……思ったとたん。



大輪の華が咲いた。
少し長めのアーチャーのスカートが見事にめくられ、中が全てあらわになっていた。
「な」
漏れた声。続いて、
「なんでブルマだ!?」
「イリ……姉さんがはいていけと」
「なんで両足に拘束具みたいなベルト山盛りだ!?」
「…………」
「ノーコメント!?」
アーチャーのスカートを見事にめくった体勢のまま手をわなわなと震わせるランサーといったら支離滅裂。ブルマと両足に拘束具山盛りってどんなコーディネート!?誰の趣味!?ていうかプレイ!?
「それにしても君、すごい素早さだったわねー」
「ん? あんたも知ってるだろ? オレの最速っぷりは、よ」
「ならその足をフル稼動させて一刻も早く逃げた方がいいなと先生は思うわけです」
「へ?」
大河の声を聞いたためずらした視線を戻して前を見る。アーチャーは赤くなりスカートを押さえてランサーを睨んでいる。……I am bone of my sword.詠唱の気配はない。
「なんだよ、一体何が……」
「もう授業の時間は始まっているぞ」
背筋を下から上へ撫で上げるような平坦な声。抑揚がなく低い、感情が見当たらないこの声は。
「それじゃちょっと延長しちゃったけどこれでホームルームはおしまいっ! 葛木先生、あとはお願いしますね」
「わかっています。授業も、指導の方もきっちりと」
葛木宗一郎。
その通り名を、肉体言語で語るぜ倫理担当教師。
感情の起伏が少なく、淡々と何でもこなす教師だが授業の邪魔やサボり、妨害などには厳しい。体罰指導、すなわち撲殺も辞さない男。
「さて……授業開始時間に席についていないということで多少の罰は受けてもらおう。何、おまえは鍛えているから……」
大丈夫だろう、と葛木が拳を握った。
ランサーは後ずさる。いやいやいやいやいや。
「暴力反対―――――!」



こういうお約束はいらねえよと保健室送りになったランサーはぼやいたとかぼやかなかったとか。
だけれど休み時間と昼休み、それに放課後アーチャーが見舞いに訪れてくれたので、なんだかんだで帳尻は合った、らしい。




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