さて。
人間関係とは得てして複雑なものだが、サーヴァント関係というのも同じく複雑なものだ。
というか、サーヴァント関係というのは一体なんだ?
煙草のフィルタを噛みつつランサーは、目の前でさやいんげんの筋を取っているアーチャーとそれに絡みつく人影を見る。
眉間に、皺が寄った。
「なーなー、それ早く終わんねーの? オレ暇なんですけどヒーマーなーんーですけど。終わらせて遊ぼうぜー。パズルとかで」
「待ちたまえ。つい先程始めたばかりだし、急いて筋を残しては食感がだな……」
「アンタの作るメシ美味いもん。ちょっとくらいアレでもだいじょぶだって、だいじょぶ。だからさー、ほーらー、はーやーく」
「そういう問題ではない。これは私のポリシーだ。やるからには手抜きなどしたくはないのでな、暇なのならば少し外にでも出かけてくるがいい。そのために買った服なのだろう」
「やだ。ていうかオレね、寂しがりやさんなのね。寂しいと死んじゃうの。ケダモノは寂しいと死んじゃうんだぜ?」
それはウサギだ。目も赤くなければ髪の毛も白くないくせに何を言っているのだか。
ランサーは思う。
マスターであるバゼット・フラガ・マクレミッツと共に、魔術師とサーヴァントとその他諸々な異能者の吹き溜まりである衛宮邸に居候することになった“この世全ての悪”アンリマユことアヴェンジャー。アンリと可愛らしく愛称を自称して双子のような衛宮士郎と毎日、上へ下への大騒ぎを繰り広げている。
正反対でありながら同質である存在ゆえにだろう。
そして、だ。
目の前の男ともそれは、同じこと。
「今の時代ならばその肌の色も紋様も、ファッションだと思って誰も気にせんだろうよ。新都辺りで暇つぶしでもしてきたらどうだ?」
「うっわ、つれない! ていうかつれねー! でもそういうところがオレ好みー」
オレんとこのマスターと一緒、と笑ってアンリはアーチャーの首にしがみつく。アーチャーは少し驚いたように目を丸くして肩を揺らしたが、手からさやいんげんを取り落とすこともなくため息もつかず犬のごとく尻尾を振ってごろごろと猫に似てなつくアンリへと、
「……まったく、仕方がないな」
しかたがないってなにがだ。
眉間の皺が深くなり奥歯が不穏な音を立て、ピアスがうっすらと熱を持つ。とん。
軽く自分の指先がちゃぶ台を叩いていたのにランサーは気づかなかった。
サーヴァントの普段の格好ではとてもではないがこの現代社会で過ごしていけない。ランサーも、アーチャーも、セイバーもライダーもキャスターもそれなりの衣装を纏っている。バーサーカー、アサシン辺りは例外ではあるが。
当然アヴェンジャー、アンリもその形式に従うことになった。衛宮士郎、アーチャーの両者から説得……説教された結果だ。そんな露出狂のような格好で女性陣の前をうろつかれても困る、そもそも近所付き合い、世間体という大前提がある!
ふたりのエミヤはこういうとき、本当にぴったりと息が合う。
根っこからしてあれだから当然なのだが。分かたれはしたが、元は同一の存在なのだ。反発したり同調したりはお手の物だろう。
そして、根本的なところで“エミヤシロウ”アーチャーは、衛宮士郎だった頃の特徴を失っていない。
特徴イコール、端的に言ってしまえば、鈍感。
黙々とさやいんげんの筋を取るアーチャーにしがみついたアンリがちらりとランサーを見る。漆黒すぎて澄みきった黒い瞳。ランサーがそれを見返せば、にやり、と。
幼くも凶悪な笑みが向こうから返ってきた。
あー、あー、あーあーあーあー。
「ランサー?」
筋を取る手を止め訝しげな声を上げたアーチャーは、おもむろに立ち上がって、ずかずかと歩み寄ってきたランサーが己にしがみついたままのアンリの頭にその白い手を食いこませたのを見てぎょっとした顔をする。
「ランサー、君、突然何を!」
「おまえはいいからそいつに集中してろ。今日もまた美味い飯、食わせてくれんだろ? ……で? おまえさんはあれか、なんだ。オレに喧嘩売ってんのか。そうだな。いいぜ、高く買ってやらあ。今バイトで稼いだ給料もあの鬼シスターに教会の修繕費だとかなんだって、ほとんど持ってかれちまってスッカラカンだけどなこの野郎!」
「うーわアンタ、最初っからクライマックスだねー、いやいや熱い熱い。なに? オレがスキな相手にちょっかい出してるのが悔しい? 盗られちゃうって思ってる? やーだ、クランの猛犬って意外とカーワーイーイー!」
「うるせえ黙れ狂犬! ケダモノならケダモノらしく堂々としろってんだよ、ハイエナみてえな真似すんな!」
「これもまた、恋の戦法なのです」
「……よし、その心臓貰い受ける……っと」
「かるっ! かーるーっ! なにそれなにそれ、仮にも宝具発動がそんなんでいいわけ、魔槍泣いちゃう泣いちゃうよ、ゲイボルクの名が形なしですヨー、ヒヒヒヒ、あははははは!」
概念武装に戻りそうな勢いでアンリの頭を締めつけるランサー、げらげらと足をばたつかせて笑うアンリ。畳に足が打ちつけられる音、だぶついたカーゴパンツの生地が波打ちパーカーのフードが揺れる。
「いいぜいいぜ、やってみなクランの猛犬? オレ最弱だけど裏技持ってるからさ! 一体どうなんのかねぇ、オレのマスターの宝具と一緒の反則チート性能な必ず心臓を貫く魔槍! それを返されたらさすがにアンタも死ぬのかな? それともギリギリ生き残る? まあ、オレは確実に死ぬだろうけどネー、あははは、マジ割に合わねーんですけどー!」
「試してみりゃわかるだろうよ、なあ―――――」
「いい加減にせんかこのたわけ共が!」
ごん、と。
どこの正義の味方の怒りの鉄槌か、と言わんばかりの勢いで振ってきた拳骨を避けきれずまともに喰らった英霊ふたりは、そろって頭を抱え無言で耐える。脳天にきれいに決まった。
「―――――ッ」
「…………ッ!」
さやいんげんの筋をすべてすっきり取り終えたアーチャーはランサーとアンリの頭へ振り落とした煙の上がるこぶしに力を込め声を張る。
低い声で、腹から恫喝。
「白昼堂々、自分たちの存在も弁えず宝具だなんだと……ただでさえ集まる有象無象の影響のせいでこの家を見る近所の目を知っているのか! ……ランサー!」
「は!?」
オレ!?と素っ頓狂な声を上げたランサーは、首根っこを掴まれ立ち上がらされ、引きずられていくのに赤い目を白黒させる。
「ちょ、おま、なんでオレだけ……っ、て、なんだよこの力!? おまえ筋力Dだろアーチャー!」
「私とて末席ではあるが英霊だ! 侮らんでもらおうか!」
奇妙にずれた会話をかわしながらアーチャーがランサーを引きずりこんだのは台所だった。冷蔵庫の前にランサーを座らせ、自分はその前に立つとアーチャーは腕組みをして鋼色の瞳でランサーを見下ろす。
じっ、と先程のランサーが及ぶべくもない眉間の皺付きの真顔で見つめられ、ランサーは少々腰が引けた。引けた、が。
「おまえ、」
「君は、私を信用していないのかね?」
「は?」
恫喝とは裏腹の静かなつぶやき。どうして自分だけがと食ってかかろうとしたランサーはその声に動きを止められる。
鋭く物を、者を絶つ刃。それと同じ鋼色をした瞳。
だがその瞳のおもてはひどく、静かだ。
「……信用?」
「そうだ。よくわからんが、推測するにあれと君の喧嘩の原因は私だろう。自惚れた発言だが、間違いないな」
「……ねえけどよ」
「そうか。まったく、君も無駄なことをする」
「無、駄っておまえな!」
「あれはあれ、君は君だ。私が好いているのは君だよランサー。なのに何故それがわからないのかね。君はそのように鈍い性格だとは」
「ちょっと待て」
座ったランサーの声に、アーチャーは言葉を止めた。片眉をわずかに上げ、言われた通り待つ。
「もう一回」
「何をだね」
「言えよ」
「だから、何を」
「オレのことを?」
「好いていると、そう言った。だから妙な嫉妬などする必要は」
ないのだ、と言おうとしたらしいアーチャーの体が飛びついたランサーの勢いを殺せず後ろに倒れる。後頭部が棚にぶつかった。
「ランサー、君な、突然」
「オレもだよ」
「……うん?」
「オレもおまえが好きだ」
アーチャーが一瞬無防備な表情になる。
それからすぐに笑い、
「知っているさ」
その体を抱きしめ、唇を奪おうとしたところでランサーは刺さる視線に気がついた。首だけで振り返り見てみれば、アンリがひょっこりと顔をのぞかせにやにやと笑いながら覗いている。
「クランの猛犬も、なかなかカワイイとこあるんだー」
含み笑いをたっぷりしみこませたその声に次いで怒声と、甲高い笑い声が響き渡った昼下がりの衛宮邸だった。
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