クラス“槍兵”ランサーは、呆然と目の前に並んだふたりを眺めていた。
いや。
ふたり、というには語弊があるだろうか。何しろ一方は人であるが、もう一方は人ではない、のだから。ひとりふたりと数えていいのは人であり、人でないのならそれなりの数え方がある。―――――たとえば。
サーヴァント。使い魔として召喚されたランサーが、七騎のうちの一騎として用意された席へと名を連ねるように。
「どうした、呆けた顔をして。光の御子とあろうものがただの人の子である私の前でそんな間の抜けた顔をするとは、まさか。思ってもみなかったぞランサー」
その声でランサーは覚醒する。ランサー、とそう呼ばわった男。……言峰、綺礼。
本来ランサーを召喚したマスターを不意打ちで襲い、その腕ごと令呪を奪ってランサーを己のサーヴァントとした男だ。心底からの外道だというのに職業が神父、聖職者だというのだから人の世というのは、本当に。
は、と顔を歪めて笑い、ランサーは言峰を睨みつける。魔眼めいた血の色をした、赤い瞳でもって。
「気安く呼ぶんじゃねえよ外道。道を外れた、ってな。まさにてめえに相応しい言葉があったもんだ」
「褒め言葉として受け取っておこう」
「―――――冗談」
吐き捨てるように言ったランサーは言峰の横に目を向ける。ふたり。
そう数えたなら、並んだ、と表現するのなら言峰の隣に誰かがいるのだ。そしてそれは女だった。女……性別的には女ではあったがまだ見た目的には幼く、少女と評するのが似合う矮躯の存在。
赤い、おそらくは概念武装である外套を纏った少女は無言である。その少女を顎で指し、ランサーは。
「で? そいつはなんだ。オレをバゼットから掻っ攫ったみてえにそいつもどっかから無理矢理に掻っ攫ってきたのか。クソ外道神父が、人攫いなんざ仮にも神に仕える奴がやることじゃあねえぞ」
「いや。これは元から私のものだ。十年前からの私の相棒、サーヴァントだよ」
「な」
ランサーは再び呆然とする。今、なんと言ったのだろうかこの神父は。十年前?
「さあ、アーチャー。今日からおまえの仲間となるランサーに挨拶をするがいい」
「…………」
アーチャーと呼ばれた少女は閉じていたまぶたを開ける。すると剣を連想させる鋼色の瞳が薄暗い礼拝堂の中でほのかに光を受け取り、輝いた。
「……たった今、マスターから聞いた通りだ。十年前から彼に仕えている。クラス名はアーチャーだ。……よろしく頼む、ランサー」
外見に似合う高い声が、似合わぬ堅苦しい喋り方で自己紹介をする。すい、と差しだされた手にランサーは、へ、と声を上げた。
「とりあえずは握手を、と」
「あ、ああ握手か、そうか」
慌てて握った手にいらぬ力を込めてしまう。相手は女であり、矮躯。加えて弓兵、アーチャーというあまり力を必要としないクラスだ。
それなりに腕力、筋力があるランサーが強く握ってしまっては痛い思いをさせてしまうかと気づいて余計に慌てたが、アーチャーは特に眉を寄せたりも、声を上げたりもしなかった。
ただランサーの方がその手の感触と温度にどぎまぎとしただけ。
冷たい。
まるで、本当に剣のようだ。
「短い間ではあるが、よろしく」
「お、おう」
短い間。言われて思いだす。そうだ、聖杯戦争はせいぜいが長引いても一月程度の短期決戦。それをぐだぐだと十年も続けられるはずもなく、また続いたとしても繰り越しなど無理だ。
これが“第五次”であって、ランサーがバゼットに“数日前に召喚された”のなら、十年前というのはおかしい。
この“アーチャー”は。
“第四次”に召喚された“アーチャー”だ。
「……おい、外道神父」
「いい加減マスターの名前くらい、覚えてもいいのではないかね?」
「うるせえ。てめえの薄汚れた名前なんぞ覚えるもんかよ。どうしてオレをバゼットから奪っただとか、聞きてえことはいろいろとある。そりゃあもう山程な。……だが、今、一番聞きてえことは、だ」
抑揚のない言峰の代わりとばかりに声に殺気を乗せ、ランサーは問う。
「こいつは、なんだ?」
今度は顎でなく、指先。
アーチャーを指してランサーは言峰をねめつける。なんだ、と三文字の短い言葉は問いとしてひどく曖昧であやふやだったろう。けれど、ランサーは確信していた。
言峰という男がそう察しの悪い、頭の悪い人間ではないと。
「なんだと聞かれても。先程説明したはずだが? 私の十年前からの相棒である、アーチャーのサーヴァントだと」
「そんな形式通りの答えが欲しいんじゃねえよ。とぼけるなよ外道神父、オレは半分だが神だ。仮にも仕える身だってんならな、のらりくらりかわしてねえでさっさと吐け。十年前からたあどういうことだ。聖杯からの穴をくぐってきたときこっちはちゃあんとお勉強してんだ、この戦争のルールは把握してる。サーヴァントってもんは軒並み皆が皆消える身だ。たとえ勝ったとしたってな。それこそ最後の願いで“この世に残りたい”そんなことでも言いださなけりゃ―――――」
「ランサー」
「ああ?」
早口になっていきながら問い詰めていったランサーに、淡々と言峰は。
「女の事情についてそう、根掘り葉掘り聞くのは男としてどうかと思うがな」
「……は?」
ランサーの肩の鎧がずるり、と下がる。
後ろで手を組み、光のない淀んだ目で言峰はやはり淡々と、
「誰もが皆、知られたくないことはあるというもの。それが女ならばなおさらだ。そして相手が男であるなら……」
「な、おま、このクソ神父! なに言ってんだてめえ!?」
「ランサー、おまえの伝説はそれなりに知っている。女に興味があるのはわかるがその異名ばりに鼻息荒く詮索するのもどうかと私は」
「話聞け! ていうかだな、おま、この、―――――っちげえよ! そんな意味で言ったんじゃねえよ! つうか話逸らしてんじゃねえよクソ神父! 質問に答えやがれ!」
「主よ。この者に哀れみを」
「しれっとした顔で十字切ってんじゃねえっつってんだろクソ神父―――――!」
んなとこだけらしくすんじゃねえ!と絶叫するランサーを完全に無視し、目を閉じ簡略的に祈っていた言峰の横でアーチャーが、眉間に皺を寄せて軽く首を振る。
どう見ても奇妙奇天烈な上司に困り果てる部下か、もしくは父と娘だった。
うちの父が、すみません。
「アーチャー」
祈りを終えると言峰は目を開け、隣のアーチャーへ向かってつぶやく。
「なんだろうか、マスター」
「説明していたら小腹が空いた。例のものを頼む」
「…………彼……ランサーに、詳しい事情を説明しなくとも」
「小腹が空いた」
礼拝堂が静まり返る。
アーチャーはため息をつき、平坦につぶやく。
「承知した、マスター」
次の瞬間ぎょっとランサーは目をむく。それまで一切の表情を浮かべなかった言峰が、笑ったのだ。なんというか……笑った?
たぶん笑ったのだろう。どうにもこうにもいびつな、歪んだ、としか形容出来ない笑顔だったが、たぶん。
「済まないランサー、急用が出来た。私は……これで」
小さく頭を下げ、アーチャーは一足先に礼拝堂を後にする。何も詫びることはないと言うべきだったとランサーが気づいたときにはもう、アーチャーの姿は見えなくなっていた。
「ランサー」
どうすんだもうこれ、と三度目呆然としていたランサーに、言峰が命じる。


「おまえは適当に……そうだな、他のマスターたちの動向を探ってくるがいい。だが本気は出すな。以上だ」


あまりにもあまりな命令に呆然としっぱなしだったランサーが、礼拝堂に自分ひとりになっていたと気づいたのは、しばらくしてからのことだった。
サーヴァントとして召喚された場所は、未知数すぎた。しょっぱなに不意打ちを喰らう初代マスターも。どうにもこうにも掴みどころのない二代目マスターも。
謎、ばかりの同僚も。
ああでも結構好みだったよなあ、と思いすぐ、そういう問題じゃない!とひとり地団駄を踏むランサーの幸運は最低、Eランクだったという。
さもありなん。




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