チ、とその自らの発した音でさえ忌々しいと思った。舌で粘膜を弾く。舌打ち。
おかしいだろう。
こんなことがあっていいわけはない。自分が好むのは自分は王だからとくだらない意地を張る女と、それから蔵に存在しない珍しいものだ。名剣、魔剣に薬種の類い。とかく“あれ”はそのどちらからも外れている。
チッ。
また、小さく舌を弾いた。
「まったくあれは、何を考えているのか」
テーブルに頬杖をついてつぶやく。あれ。というのは先程のあれとはまた別の“あれ”で、言わば己自身のことだった。
幼年体でこの屋敷を訪れ元気に挨拶をし、笑みを浮かべながら中に入り紅茶と茶菓子を食べるかと聞かれてうなずいた。
はい、いただきます。それではと前述した“あれ”が引っこんだのを見計らい、数十秒。
幼年体の“あれ”、―――――自分自身は青年体の姿へと戻った。それではあとはよろしくお願いします、ね?
ひらひらと手を振って笑顔。幼年体の意識は底に沈んでいって。
チッ、とまた舌打ちをする自分の姿があった。くだらない児戯だからと任せたのが悪かったか?いや、己が悪いなどあることか。自己は完璧である。慢心は立派な欠点だろうと言う雑種もいるが、所詮雑種は雑種。物事が、世の通りがわかっていない。
慢心せずして何が王か。
「済まない、待たせた―――――な?」
「遅いぞ。王を待たせるなど普段であれば万死に値する」
頬杖をついたまま低めた声でつぶやく。普段であれば……普段と違うのは今現在、底に沈んでいる幼年体、つまり己が噛んでいるせいだ。何か理由があってのことなのかどうかは知らないが、己を責めることなど出来ない。自己は完璧である、この状況を作ったのにも何かの思惑があるに違いない。
我ながら優秀な子供よ。
「……英雄王? 私の記憶の限りではここを訪れたときの君はこう、もっとだな」
「幼く小さかったというのであろう? そして愛らしく賢く、実によく出来た子供であったと」
「…………」
「なんだ。何か言いたいことでもあるのか?」
「いや、特には」
特には?
ふん、と鼻を鳴らす。ティーセットをトレイに載せて持ってきた褐色の手が手早く、しかしへまなどせずテーブルに用意をしていく。
それを見ながら頬杖をやめ、代わりに指先で軽くテーブルを叩いた。
トン。
トン、トン、トン、トン、トン。ト、
「英雄王」
「なんだ。聞くだけは聞いてやらんこともない。言ってみるがいい」
「ならば」
支度をする手を少しの間、止めて。
「先程の舌打ちもそれも、行儀が悪いと普段の私なら言ってしまいそうだが。なんだか、…………先程の君と合わせて見てしまうとな」
まるで子供のようで上手く叱れんよ。
言ってくくく、と肩を震わせる。それが笑っているのだと気づいたのはさて何分後だったか。
「ああ、悪口ではないよ。ここで宝具を展開するのはやめてくれないか。我が家の惨状を見た凛の怒りは想像するだに恐ろしい」
リン?
「あの赤い女のことか。何故かは知らんがぎらぎらした目で時折我を見るな。我の美貌の虜となるのはわかるが、我にはそのような気はない。一切な」
沈黙。
「なんだ貴様!」
突然笑いだされて怒鳴りながら立ち上がる。がたん、椅子の倒れた音。
いつでも黒の上下の男は空いたトレイで顔を隠して振り返り(それでも少し見えてしまっている)声を抑えて(それでも少し震えてしまっている)言った。
「いいや。なんでもない……と、それでは君の気持ちに収まりがないかね英雄王。そうだな、簡潔に言えば」
好ましいと思ったよ。
「は?」
「好ましいと言った。ついでだから言ってしまうと私はな、少し君を苦手に感じていたんだ。子供の君も今の君もな、英雄王。けれど」
にっこりと、
―――――見たこともない笑顔で、それは、言った。

「初めて思った。君を好ましい、と」

ティーポットの中の紅茶の葉。
温められたティーカップ。
クッキーやケーキなどが並んだ……。
「せっかくの紅茶の味わいが悪くなってしまうな。さて、そろそろ取りかかるか」
トレイを椅子に置き、準備を始める横顔も楽しそうだ。なんだ?今のは一体。どんな顔でどんな台詞を吐いたのだ、目の前のものは。

君を好ましい、と

「英雄王、君は砂糖やミルクは…… ? どうしたのかね、その顔は何だ」
「煩い。黙って疾く用意をするがいい!」
王を、我を待たせるとは何事だと怒鳴る。一瞬きょとん、と返ってきた反応はすぐに変わって支度は再開された。
おかしい。これは値打ちもないただのがらくただ。それにこんな感情を抱くなどおかしいだろう。


……そうか。
これは贋作屋、フェイカーだ。ならば帳尻は合う。

フェイカーとしての本領を発揮して、この不可解な、偽りで固められたものをよこしたのだと考えれば何もおかしいことはなかった。




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