別にそういうんじゃない。
自分はそういうキャラじゃない。どちらかと言えば今、頭を悩ませる問題とは程遠く、独占欲だとか嫉妬だとかには縁がないはずだった。
だっていうのに。
「なんて顔してんのよ」
「……どんな顔だよ」
「鏡見てきたら?」
生憎わたし手持ちがなくて。
つぶやいて湯呑みに口をつける同級生は嘘つきだ。髪型や服装に気を使う彼女が、手鏡のひとつも持っていないわけがない。
でも、素直に貸してくれたとしてもそのかわいらしい手鏡を覗きこむのもどうかと思う。
絵面的にも、そこに映るものを想像するだにしても。―――――どうかと思う。
「眉間に皺」
「む」
「似るのね、やっぱり。同一人物だし、当然かしら」
「俺とあいつは違うぞ」
「まあね。だけど、根は一緒でしょ」
翡翠色の瞳が細まる。ゆっくりと、仕方ない弟子を見る師匠のように。
「ほんと、あんたたちそっくりだわ」
「……だから、違うって言ってるだろ」
苦々しく返して湯呑みに口をつけた。
似てなんかいない。あっちは自分とは全然違う。
金髪の少女の傍らでそっと静かに笑ってみせたり、青い髪の男と意外と親しげに話したり、白い髪の少女の行動にらしくなく振り回されたり、そんないちいちを無意識に見せつけたり自分はしない。自分以外の誰かに心を開く姿を簡単に見せたりなんか。
「遠坂」
「なに」
「俺、心狭いのか」
「さあ? 知らない。でもある意味すっごく鈍感ね」
「……どういう意味さ」
「そのままの意味よ」
他に何があるのよ。
さらっと言う同級生は辛辣だ。けれどそれだから信用出来る。その気はないけど彼女がそう言うなら、自分は鈍感なんだろう。
ほぼ思考の七割を持っていって、自分の頭を悩ませる相手のように鈍感なんだろう。
「あの子……桜もかわいそう」
「は? 桜? なんでさ。桜がどうかしたのか?」
「―――――ほんっと、鈍感」
ため息が昼間の空気に溶けて消えていった。
言えた義理でも柄でもない。
自分の前でだけとか自分にだけとか。言ったとしてもきっと不発だし、錆びた歯車みたいにひとりで空回りするだけ。
元は同じだっていうなら少しは上手く噛みあってもいいと思うのだが少しも噛みあわない。ひたすら上滑りして空回る。
「衛宮士郎」
「…………、あ、え?」
隣から低い声で名前を呼ばれ、はっと我に返った。目の前の蛇口が水を吐きだしっぱなしになっているのを見て慌てて栓をひねる。
だいぶ派手に立っていた水音はそれで消えた。勢いがよすぎて跳ね返ったのか、辺り一面がびしょびしょだ。
エプロンにまで跳ね返っている。
「あーあ、もう、ったく」
とりあえず困ってみて、乾くからいいかとあきらめた。それよりだ。隣からの視線が痛い。
「何を呆けている。それでなくともおまえはなにかと未熟なのだから、最初から気を抜いていてはもうどうしようもなくなるぞ」
「……うるさいな」
誰のせいだと思ってるんだか。
好き放題言ってくれる、と思って同時にそうではなくては困ると思う。遠慮するような間柄でもないし、されても気持ちが悪い。
やさしく甘い言葉なんて期待していないし、強いようとも感じないし。
相手はなにしろ鋼だから自分の言葉なんかで曲がったりしないだろう。
作業をいったん終えて隣を見てみる。まず初めに目に入ったのは褐色の手首。
普段はそれを覆い隠す黒いシャツの袖を肘までまくり上げて、隣の男は包丁と野菜を触れあわせている。
するすると長く細くまな板の上に落ちていく螺旋状の皮。こっちを向かずに手元だけを見て、
「用があるなら手短に言え」
見ていられると気が散る。
と、率直に言われた。
「別に、用なんてない」
「ならばどうして私を見る。用もないのに自分の仕事もせずただ眺めていたのか」
「用がないと見ちゃいけないのかよ」
「…………、」
手が止まった。
視線が向いて、定まる。鋼色の瞳。
「どうした衛宮士郎。まるで駄々をこねる子供そのままだ」
子供なのにそれ以上子供になってどうする、皮肉な言葉をさらりと吐く。主従そろって辛辣だ。
「別に」
「それが別にという顔か。そしてそう言い張ろうとするのならば、せめて声音くらいは繕うものだな。聞いていても見ていてもわかる嘘など哀れでしかない」
嘘つき呼ばわりされた。
思わずむ、と眉間に皺を寄せてしまう。すかさず、
「すぐ顔に出る。……本当に、どうしようもないな」
「うるさいなって言ってるだろ」
本当に、誰のせいだと。
「なあ」
「何だ」
「俺以外見るな、って言ったらどうする」
「無理に決まっているだろう」
「それでも言ったら、どうする」
「無理だ」
取りつく島もない。
それでも言っている間は自分の方を向いているから、空回っていることを知っていながらつぶやく。
「俺以外と話したり、無防備に笑ったり、びっくりしたりするの、やめろって言ったら」
「しつこいぞ衛宮士郎。おまえが私に命令する権利はないし、あったとしても私にその気はない」
そもそもだ、と。
「そもそも、前提からして間違っている。そんな、私を束縛するような台詞をおまえが口にすること自体がおかしい」
一刀両断された。
「…………」
「話は終わりか。終わりなら、さっさと手を動かせ。口ではなく、手をな」
「……この、鈍感」
「何?」
「人の気も知らないで、……ほんと、遠坂の言うとおりだ」
「何故そこで凛の名が出てくる」
「教えてやるもんか」
言って作業に戻る。しばらく視線を感じたが、やがて興味が失せたのかあきらめたのか離れていった。
もっと執着しろ、ばか。
横顔を盗み見る。こっちを向きもしない。
そのあっけなさを嫌いにもなれなくて、らしくない嫉妬だけが残る。
再びひねった蛇口から溢れる水は手についた汚れだけを落として、その嫉妬を洗い流してくれたりなんてしなかった。
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