「……あのよ」
思わず漏らしたつぶやきに、振り返る顔。
「何かね」
「何かね。……じゃねえよ。わかってて言ってんだろ、その顔」
「さて? 私には心当たりがない。思い当たる件もない。君が勘違いしているだけではないかな」
この野郎。
ランサーは思って、引きつった口元を吊り上げると薄く微笑んでいる目の前の男を睨みつけた。にこやかに。
火花が散る。
大変穏やかではないこの状況、しかし相手は想い人であり、間柄は恋人同士である。だというのに目の前の男と来たらまったく素直ではない。受け入れて、つながったとしたのならちょっとは柔らかくなったっていいだろう。
何も劇的な変化を望んでいるのではない。束縛、我が物顔、嫉妬はランサーのキャラクターではないから。したいようにすればいいし、やりたいようにやればいい。けれど―――――少しくらい、蜜月とまでは行かずとも甘くなってみせたっていいだろう。
「用がないのなら私はすることがあるので、戻らせてもらうが。いいかね?」
微笑んだまま首なんてかしげてみせて。
そんなところだけか。かわいいのは。
「よくねえよ。戻んな、座っとけ。つうかだな、ちゃんと座れ。人と話すときに中腰になってんじゃねえよ」
「案外そういうところを気にするタイプだったのか? 君は。意外だな」
「どういう意味だそりゃ」
「いや……意外と繊細というか、何というのか」
「繊細? あのな、別に普通じゃねえのかそのくらい。オレが特別神経質みたいに言うなよ」
「…………」
おい。
その沈黙はなんだ。
どうして真顔だ。
目の前の男はとりあえずランサーの要望通りにちゃぶ台に片肘を乗せて座り、鋼色の瞳でじっとランサーを見ている。しばらくしてから、
「そうか。普通か。君がそう言うのならそうなのだろう」
「なんだその仕方ねえから合わせておこう、みたいな言い方はよ」
「いや? 別に」
そんな気はないさ、と目の前の男はまたも微笑んだ。ランサーは思う。
―――――生意気な“坊主”だ!
聖杯戦争の最中、教会で一戦交えた後でその心中を知り、断片的に語られた情報からその過去を知った。第一遭遇は学園の屋上で単なる交戦相手のひとりくらいにしかとらえていなかったのがそれで、機会があれば気配を探る、目で姿を探すレベルの存在へとスライドしていった。
求められ、魔力補給のために抱きはした。
したけれどその後で特別な関係になることもなくランサーは古城で消え、男もまた消えたらしい。
二度と会うことのない運命だったが、何の因果か再びこの世に召喚されまた出会い、そして繰り返す日々の中で辿りついた先がこれだ。
繰り返す日々は終わった。
それでも、関係は続いている。
だというのに。
「おまえ、オレのことどう思ってんだよ」
「突然、何だね。余裕がないぞランサー、君らしくない」
「へえへえそりゃあすいませんねえ。どこぞの誰かさんのせいで生憎と余裕を切らしちまってんですよ。あと色々と。痺れとか」
「本当にらしくないな。そういうキャラクターだったかな、君は?」
「誰のせいだと思ってんだ」
「誰のせいだね?」
こいつ。
ランサーは笑う。
たとえ半分だとしても、人であれば切羽詰ったときは笑ってしまうさだめのようだ。妙に怒りが乗ってしまったときも。
何も本気で怒っているわけでもないし、追い詰められているわけでもない。ただちょっとこの野郎どうしてくれようか、というだけだ。そういうときは人の下でかわいくないているくせに、と。
なかったことにしたいのか、恥ずかしいのかとも思ったが情事と会話の数を同じくらい重ねるごとに気がついた。
この男はそういうキャラクターではない。
日頃から繕って、被ってはいるが肝心のところでは開き直る。複雑なのか単純なのかよくわからない。
“元”の少年を思いだしてランサーは目をすがめる。
あれも大概だが、さらに度を越してひねくれたものだな。
「ランサー、頬が引きつっているが? 大丈夫か」
「ハイハイオカゲサマデ」
棒読みで答えたランサーに男は首をかしげる。数十秒そうしていたが、首の位置を元に戻すとちゃぶ台から片肘を浮かす。
秒単位か。
「特に用がないのなら、思いだすか作ってからまた声をかけることだ。何もないのにこうしていても、互いに実りはないよ」
「―――――」
「時は金なり、……凛のような価値観を私は持たんがね。それなりに時間というものは大事だと思う」
立ち上がった男にランサーは答えない。黙って見送る。
何か思いだすことも、無理に作ることも出来ない。かといって無理矢理に引き止めたり押し倒したりだとかなんて論外だ。
「ああ、そういえば」
立ち去ろうとした男が何気ない口調で、
「先程、君は私に君をどう思っているかと聞いたが。好きだよ」
「は?」
「だから、好きだと。もちろん親愛どうこうではなく……ああ、それもあるが……それを越えて、私は君を好いているよランサー」
「は、」
にこ、と笑う。
無防備な笑顔だった。
「おま、」
「ではな。また用事があれば呼ぶといい」
あっけなく言ってすたすたと歩いていってしまう。その背中を見送って、ランサーは伸ばしかけた手を下ろし、
「…………」
ばたん、と畳に横向きに倒れた。無言で少し泳ぐ。畳の上で。
「……なんだあいつ」
なんなんだ一体、とひとしきり泳いでからつぶやいた。
計算づくか。
それとも素か。
……素だな。
畳の上でひとり納得する。常は皮肉屋で嫌味で生意気だが、根の部分はああなのだ。
知っている。
知っていた。
そういうところを好きになったのだ。
再び畳の上で泳ぐ。誰かに見られれば白い視線は必死だったが、学生連中はどうせまだしばらく帰ってはこないし、それなら、騒がしい女教師も一緒だ。男はあっさりとどこかへ行ってしまったし。
なのでランサーは、気持ちがおさまるまで心置きなくひとり畳の上で泳ぐのだった。
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