ずしん、ずしん。
地が沈む音。
「…………」
「…………」
重くはないのか。
いや、彼ならば自分など綿のようなものだろうな。
アーチャーはバーサーカーの肩に座りながら、揺らされながらそんなことを考えていた。
だって規格外の体格差なのだ。バーサーカーからすればアーチャーなど矮躯。
いや、矮躯はさすがに言い過ぎかもしれないけれどレベル的には近いものがある。
さて、それにしても話題に詰まる。
バーサーカーは狂化しているせいで喋れなどしないが、それにしたって自分から何か語りかけるべきだろう。
「……天気がいいな」
「…………」
「気持ちがいい日だな」
「…………」
「……庭園は、誰かが手入れしているのか?」
「■■■」
おっと。
答え?らしきものが返ってきてアーチャーはちょっと驚いた。イリヤやリーゼリットではないので理解は出来なかったが、確かに彼は何か喋った。
それに感慨深いものを覚えてアーチャーは巌のような髪に、手を差し入れてみたりする。
……硬い。
当たり前に、その髪は見た目通り硬かった。指など通りもしない。
まさに巌。己の髪も大概硬いが、バーサーカーのそれは指通りという行為を逸脱していた。
己の髪だって、通そうと思えば指くらい通る。
「…………」
なので、アーチャーはふと考えてみた。
考えてみて、手の内にブラシを投影する。己の聖骸布と同じ色の、赤い艶々と光るブラシだ。
ぎ。
ぎぎぎぎぎ、ぎし、ぎぎぎぎ。
ばぎん。
「…………」
普通に折れた。
バーサーカーの髪に通そうとしたブラシの歯は欠けて――――いる隙もなく折れた。そんな暇もなく折れた。
滅茶苦茶になってしまった歯を呆然と見て、アーチャーは腕を組んで考える。
トレースオン。
「これなら……どうだ」
今度は強度を増して。プラス、整髪剤。
まるでトリマーのようにむんと構えて、アーチャーは巌のような髪に取り掛かった。
折れた。やはり普通に折れた。整髪剤のフローラルな香りだけが虚しく辺りに漂って残る。バーサーカーにフローラルな香り。
「……、」
くすっ。
思わず笑いが漏れて、いけないいけないとそれを押し留めようとする、だが笑いはなかなか治まらない。
「■■■――――」
「あ、ああいや、何でもないんだ」
たぶんきっと、不審に思ったのだろう。
何かをバーサーカーがつぶやいたから、アーチャーはそう答える。答えた瞬間、意思が疎通したことに少し驚く。
「■■■」
「うん……済まない、それはわからないんだが」
二度目の奇跡は起きなかったが、一度だけで充分だった。
アーチャーはより深くバーサーカーの肩に座り直すと、森の奥を見据えて口にする。
「そうだな。君の好きな場所に連れて行ってくれると嬉しい。出来れば、君が私のこの言葉を理解してくれていたのならの話だが」
髪に手を添えてそう言えば、歩みの方向がほんの少しだが変わる。
それに目を瞬かせて――――アーチャーは微笑う。
おそらくイリヤか誰か、うん、確実にイリヤだろう。
イリヤが好きな場所に連れて行かれるのだろうな、と思いながら太い首に寄りかかるように、髪に顔を埋めた。
すると途端に先程、己が彼へと吹き付けたフローラルな香りの整髪剤が香り、アーチャーはくしゅんとくしゃみをひとつ。
「■■■?」
「何でもな……っくしゅ!」
くしゅん、くしゅん、と連発されるくしゃみ。
それが森へとこだまして、消えていく。
はてさてアーチャーとバーサーカーの初デートというものは、そんな風にして始まった。
やや間の抜けた。
それでも、きちんと温度のある。


デートとして開始した、のであった。



back.