なんで。
――――なんでだよ。
なんでオレが助けに行ってやるって言ったのに、おまえはそれまで待てなかった。
赤い空と回る歯車、砂塵が満たす錬鉄の英霊の座にランサーはいた。そんな彼を見つめるアーチャー……エミヤの瞳は冷たい。
鋼色のそれに光はなくて、ただぎゅっと干将莫耶を両手がそれぞれ握り締めている。
「侵入者風情が血迷った口を利く」
私を助けるだと?
嘲笑うでもなく、その口調はあくまでフラット、平坦だ。だからこそ痛々しくてランサーは目元を歪める。
「馬鹿野郎……っ」
なんで、そんなもんになっちまった。
守護者だなんて。
そんな、名前だけで後は嘘っぱちな、人を守るという行為からは遠く離れたものになっちまったんだ。
殺す者。
それが、守護者。排除する者、それが守護者。
人を守るなんて、嘘っぱち。
殺すことで、排除することで、全てを守護者は片付ける。
「なんで……」
魔槍を向けるのを躊躇う気はなかった。それでも。
「それでも、オレは」
おまえを止めるために来た。
そう言えばエミヤは首を傾げて。
「わからない。何故そんなことを言う? 無駄なことなのに。私は止まらない。稼動し続ける、摩耗して磨り減ってなくなるまで。だから稼動し続ける」
稼動すること。
それが自分の存在意義。
「……だったら」
ふい、と心臓に狙いを定めていた魔槍を下ろして、代わりに指先をその顔に突きつけた。
「幸せになるために、てめえは稼動したっていいはずだ」
「? ……わからないことを言う。幸せだと? この私にそんなもの用意されているはずがない。私は殺すものだ。壊すものだ。そんなものに幸せなんて用意されてはいないよ。だっておかしいじゃないか。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。――――ああ、おかしい」
本来なら笑い転げて言うはずの言葉を、能面のままエミヤは言った。手が白くなるまで握り締めた夫婦剣をそのままに。
もう、エミヤに感情は用意されていなかった。一番無駄なものだと一番最初にアラヤとやらに取り上げられたのだろう。
殺してやりたい。アラヤとやらを。けれどそれよりも目の前の男をどうにかするのが先だ。救ってやる。取りこぼしたりはしない。そのために、ここまで来たのだから。
「そろそろ殺してやろうか、侵入者」
エミヤは剣を掲げる。まずは白い剣。薄汚れた髪と同じ色のその剣が、どこからか光を受けてぎらりと輝いた。
「オレは」
ランサーは言う。芯から冷えるような、低く潜めた声で。
「オレは、殺されねえよ。オレを殺したらおまえはもう戻れなくなる。だからオレは殺されねえ。生きて、生きて、生き残って、必ずおまえを止めてやる」
「だから私は、もう止まらないというのに」
わからない奴。
何だか子供のようにエミヤはつぶやいて、ちゃき、と高々と白い剣を頭上に掲げた。
「殺してあげよう。苦しまぬように、首を一撃で飛ばして」
「相変わらず物騒な奴だ――――なっ!」
「!?」
一瞬で懐に潜り込んでいた。当て身を食らわせれば気絶するほどではないものの、大柄な体躯がぐらりと揺らぐ。そこをつけ込む隙だと見定め、ランサーは跳ぶ。
「な、にを……!」
ぱしん、ぱしん。
手首を強い力で叩くことで剣を一瞬だけ取り落とさせ、顕現する隙を狙う。ち、と舌打ち、エミヤは狙い通りに魔力を手に集める。
そこに。
「ん、っ――――」
かさついた唇を重ねたランサーは、口内の唾液をエミヤの口内へ送る。目を白黒させたエミヤ、だがそれは一瞬。
「ち、ぃっ!」
どん、と腹を蹴られランサーは吹っ飛ぶ。リミッターを外したが故の手加減のなさ。
はあ、はあ、と荒く息をついたエミヤはぎろりとランサーを睨み付ける、「どういうことだ――――」しかし。
「う、っ!?」
どくん、と音がするような激しさでエミヤは身を折る。力の限りで蹴られたランサーは口端に滲む血を舐め取りながら、自分の方が物騒な顔でにやりと笑った。
「“光の御子”の魔力をありったけ乗っけてやったぜ。効くだろ? ……さあ目を覚ましやがれエミヤ! アラヤの支配なんてぶっちぎって正気に戻れ! それでオレのものに……」
「あ、ぁぁぅっ、はっ、」
さながら情事の際に喘ぐかのような声を出してエミヤが身悶える。ランサーは眉を顰めた。そうして気付く。
「ちくしょう、アラヤの奴、エミヤの中に余程深く根を張ってやがったか……!」
まだ、乗せた魔力が足りなかったのだ。ランサーは先程のエミヤのように舌打ちをすると今度は自分の舌を力いっぱい噛む。……もちろん、噛み切らない程度に。
そうやって溢れてきた血を口内に含んで、身悶えるエミヤの腕を掴んで己の方を向かせ、その血を半ば無理矢理にエミヤの口内に押し込む。
ぬろり、と絡む舌、熱い鼓動、それは間違えば艶事。
それでもランサー当人は真剣で、エミヤをアラヤの支配から解き放とうと唾液より神性の深い血を彼に飲み込ませた。
いちかばちか――――である。
「っ!!」
エミヤが小さく叫ぶ、ランサーは唇を離さない。エミヤの叫びを吸い取って自分のものとし、頭がくらくらがんがんとするほど願う。戻ってこい。戻ってこい、オレの元に。
オレの元に、エミヤ――――。



back.