喜ばしいことが起きた。
どうやらあのサーヴァントにも、身を固める決意がついたということだ。
『あの、ですね。旦那に聞きたいことがあるんですがね』
やけにそわそわと聞いてくる戦友に何かと(無言で)たずねてみれば、もじもじとらしくなく恥らってから、『女は、何で喜びますかね』と来た。己の顔を武器だと言い張ってやまない男がだ。女のことを、聞いてきた。
これは奴が心根から真剣になった、ということだろう。花壇の前で黙って奴を見返していれば、顔を浅く赤くして。
『いや、その。違うんですよ。これはその、そういうんじゃなくて。だから、その――――』
恥らわなくともいいのに。年頃の男なのだから、普通に恋することだってあるだろう。ただ、相手は誰なのだと思わせる。何しろこの“戦争”、人数が多い。
男だけでなく女もかなりの数が参加しているのである。
『だからその、違うって言ってるじゃないですか、旦那!?』
黙っていれば言い訳したくなったのか、慌てたように奴はそう言ってきた。若干いつもより早口だった。うっすらと汗もかいていそうな。
なので、同じく花壇の近くに立っていた女生徒の傍へと行って、一言二言話す。その時に、ちらりと奴の顔を見た。するとそれは、途方に暮れた若者のような、至極当然な奴の年頃の男が浮かべる表情だったので、何だか安堵してしまった。
『その――――旦那?』
女生徒と話を終えて戻ってきたこちらの手の中のものを見て、奴は怪訝そうな声を出す。その声も若干頼りなかった。
『この花を、渡してやりなさい』
そう、言ってやった。言いながら、花壇に咲いていた花で出来た花束を渡してやる。
それはとても質素で簡素だったが、美しい花だった。
そう。
少女であれば無条件に似合いそうな。
『この……花を?』
無言で頷く。奴はその花をじっと見ていた。
ひどく真面目な顔で。
見せたこともない、真摯な顔をして。
じっと。
『……はい』
素直な返事が返ってきて、ほのかに微笑ましさを誘う。奴は気力を得た顔になって、花束を両手で捧げ持つようにした。ああ、そんなことをしたら散ってしまうだろうに。
『ありがとうございます、旦那』
赤い顔で頭を下げる奴の肩を叩いてやりつつ、妻のことを思い出していた。
駆けていく奴の足音を聞いて、若いことはいいものだと思う。――――もう。もう、若いなどととてもではないが言えない年になった。それでもいい。
妻のことが記憶にある、それだけでいい。
たとえどんな結果になろうとも。彼女のことが記憶にあるのなら。あるのならば、それだけで。


やがて奴は喜び勇んだ顔で駆け戻ってきて、何も言わず頭を下げた。こちらが何かを言うまで、そのままでいた。
『上手く行ったか』
少しだけ、間が空いて。
『はい』
受け取ってくれました。
多少、難はありましたけどね。
悪戯っぽく笑うと、奴はそう言ってがしがしと後頭部を掻いた。多少の難とやらが何だったのかは知らぬが、敵同士。そうすんなりとは行かぬものだろう。
それでも。
それでも、相手は花束を受け取ってくれたのだ。
ならば希望はある。
『ところでアーチャー。彼女のどのようなところを好きになったのだ』
『え、っ、』
そう言うとみるみるうちに奴の顔は赤くなっていき。
とても、“浅く”などとは言えぬ赤さを誇るまでになってしまった。それでわかった。
奴が、どの女性を好きになったのかが。
運命的な出会い。素直でない奴がそれでもこちらに頼ってきた、そこまでの相手。
あの少女だ。白い髪の、鋼色の瞳。赤い概念武装。マスターは制服姿のどこにでもいるような少年。しかし、時折どこにもない稀有なものを感じさせる。
同じ、“アーチャー”クラスの、あの少女。
それにしてもあの少女がよく花束など受け取ってくれたものだ。奴もあの少女のことを「乳臭い子供」などと称していたと思うが、あれは子供特有の好きな物を貶めるといった若さだったのか。
言わずともいい、わかる、と奴に言えば、奴は普段の皮肉ぶって背伸びした態度など見る影もなくおろおろとしてしまい、
『だ、旦那は何か勘違いしてませんかい? 俺はその、そんなんじゃ、』
思わず。
『旦那!?』
思わず噴出してしまったこちらに、奴が慌てふためく。それを見て、
ああ、本気なのだな、と。そう思った。
召還した時は何事にも真面目になれなさそうな青年だとばかり思っていた。だがそれは共に行動をする度に変わっていった印象。
もし敗退して消えることになろうとも、奴が今の想いを大事に抱えたままで逝けるといい。消えられるといい。
変化することなく。
想いは想いのまま。――――抱えていけたら。
『アーチャーよ』
『……何ですかい、旦那』
『結ばれぬ恋だとしても、大事にすることだ』
『……はい』
素直な返事に、奴のことを少しだけでもわかった気がした。そんな一日だった。



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