「桜」
「はい?」
何ですか姉さん、と言おうとした桜は振り返ったところで「ガタタッ」と体勢を崩した。違う!こんなのわたしの姉さんじゃない!
そう言いたくなるような、普段は無駄にエネルギッシュな遠坂凛が憔悴しきってちゃぶ台にぐったりと伏していたのだ。口から何かをざあざあ垂れ流して。
「どうしたんですか姉さん! 誰かの妨害魔術ですか!? それとも呪い!?」
「そうね、ある意味呪いね……あれ見てみなさい」
あれ、というところで指を億劫そうに持ち上げ、凛が自分こそ呪いをかける魔女であるかのようにつぶやく。桜はつられて視線をそちらに飛ばして――――固まった。
そこにあったのは。
「ほら、セイバー。急いで食べるから口元に飯粒がついているぞ? 全く子供ではあるまいし……」
「えっ、どこどこ? わからないからアーチャー、君が取ってくれないかな?」
「わ、私がか……? と、取れるだろう、自分で、口元の飯粒くらい!」
「だってどこにあるのかわからないからさ。それに……君に取ってほしくて。……駄目?」
「……仕方ないな、全く……」
あーあーあーあーあー。
「……姉さん。自分が呪いにかかったからってわたしまで巻き込まないでください」
「独りでなんて所詮無理だったのよ……道連れが欲しかったの……」
姉妹の絆が引き裂かれようとしているところで、セイバーくんとアーチャーさんはいちゃいちゃといちゃついてめろめろとめろめいています。
凛が口からざあざあ垂れ流しているのは砂糖だったのです。それもパルス○ートのような普通の砂糖より甘いよ、でもカロリーが低いわけじゃないけどね!な、いいところ全然なしのただ甘いだけの砂糖。
それを己の口からも垂れ流しながら、桜は半ば呆然とイチャつくセイバーくんとアーチャーさんから目線が離せないでいました。凛は顔を伏せたままそんな妹に「馬鹿! 早くあんたも目線を外しなさい!」と言いはしましたが桜は硬直して聞いているのやらいないのやら。ただ口からざあざあ砂糖を垂れ流しているのは事実です。
「うーん、焼き魚っていうのは美味しいけど小骨が多いのは面倒だね…………ねえ、アーチャ……」
「取らないぞ。私は絶対に取らない」
「真っ赤になって言っても駄目だってば。アーチャーが僕には甘いって、僕が一番よく知ってるんだよ?」
「う……く……っ」
「それが嫌ならお味噌汁をふうふうして飲ませてもらうからね! こんなに熱いの僕飲めないよ! アーチャーの料理は出来立てが一番美味しいのはわかっているけど!」
「君、最早言っていることがめちゃくちゃだぞっ!?」
「君の乙女心を人質に取りました」
「も、持ってない、そんなもの持ってない!」
「ふふーん、持ってる子ほどそう言うんだよ、アーチャー。そもそもこんな軽いからかいでムキになっちゃうのが乙女心を持っているっていう証拠で」
「そんなの関係ない!」
ぎゃいぎゃいと――――違うか。きゃいきゃいと騒がしくはしゃいでいる白黒バカップルから、姉妹はとうとう目を逸らした。凛は完璧にちゃぶ台に伏し、桜はぱたぱたと「せんぱい!? せんぱーい!!」などと悲鳴を上げながら台所へ助けを求めて突入していった。たぶん士郎が来ても勝ち目はないと思うが。
「それはそうと、ほら」
「え?」
「ご飯粒。まだついたままなんでしょ? 早く取ってくれないと、僕恥ずかしいなぁ」
「なっ! ……はっ……恥ずかしいのは、私の方だっ!」
「……ひどいよ、“エミヤ”」
出た!必殺の「真名」呼び!
泣き真似のような仕草をしながら上目遣いでアーチャーさんの方を見やるセイバーくんの碧色の瞳。
そこに宿るは底知れない破壊力、アーチャーさんは一瞬でくらっと来てゆらっとしてノックダウン。
「おっと」
畳に倒れそうになったアーチャーさんを、セイバーさんが腰を抱えて支えます。そうしてからアーチャーさんの顔に己の端正な顔を近付けて、
「危なかったね……エミヤ。それで物は相談なんだけど」
「な……何を」
「このままご飯粒、取ってくれないっていうんなら……キスをエミヤが“もう嫌!”ってくらいに続けて、その勢いのままエミヤのほっぺたに引っ付けちゃおうかなって」
「な!?」
「はーい、カウントダウーン。ワーン、ツー、スリー、フォー、」
「ま……待てっ! 待て待て待て、セイバ……ッ」
「ファイブ、シックス、……違うんじゃないかな? エミヤ」
「え」
「セブーン……お願いする時は、僕のことを何て呼ぶの?」
「…………っ」
凝固してしまったアーチャーさんの前で、わざとらしくゆっくりゆっくりセイバーくんはカウントを重ねていきます。
「エイトー……ナイーン……テ」
「わ、わかった! わかったから、頼むから止めてくれ! “アーサー”!」
「…………」
お、という顔でアーチャーさんの方を見るセイバーさん、その口からぽろっと漏れたのは。
「……テン、イレブン、トゥエルブ……ふふ、やっと呼んでくれたねエミヤ?」
「だ」
騙したなああああ!?
アーチャーさんの絶叫が居間に響き渡り、凛をもっとぐったりさせる。
無駄にキラキラエフェクトがかかった背景を背負い、どこから出したのか薔薇の花一輪まで用意してセイバーくんは言いました。
「じゃあ、これからたくさんキスするけど……すぐに音を上げちゃ、やだよ?」
「え? え? え? え? え?」
どういうことなんです?
「ふふー」
まるで猫のあくびのようにセイバーくんが微笑んで。ちゅっちゅっちゅっちゅっ、というリップ音が辺りに響き渡りだしたのは、それからすぐのことだった。
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