「やだ、あいつらまた喧嘩してるわ」
「止めてこないとな」
「やめときなさいよ士郎。あんたじゃいらない被害に遭うだけよ」
バッドエンド41。
「だからおまえは、」
声が、上手く、聞き取れなかった。
ただ、わぁんと心の内側に響いて。
気付けば。
「…………は?」
つぅ、とアーチャーは涙を流していた、のだった。
「……済まない。私はこれで、失礼、する」
「おい待てよアーチャー、今の」
「失礼する」
ふっと消えてしまったから、手を伸ばしても間に合わない。ランサーはその手を引き戻そうとして、でも出来なくて、結果遊ばせるままでいた。
ただ。
あの泣き顔はもう二度と見たくない、そう、思ったのだ。
それから数日間、ランサーはアーチャーの後を追いかけていた。行く先々に待ち伏せる、歩く後を追う、その両方を。けれどアーチャーは実に巧みにランサーを無視するのだ。いないものとして振る舞う。
完全にシカトされている、とランサーは理解して、それを面白くない、と思った。あと、つきん、と胸に何かが刺さっていることも。
それは鈍い痛みを常にランサーに与えてくる。痛い。いたい、いたい、イタイ。
そうやって、ふとある日に気付いた。
そうか。
あいつの心も、こんな風に痛かったのか。
気付けば簡単なことだった。なのでランサーは謝ることにした。今頃になってもう遅かったかもしれなかったけど、出来ることはしたかったから。
「なあ、アーチャー」
その日もまた、ランサーはアーチャーに呼びかけていた。
けれどアーチャーはそれを無視する。
むっと来ないわけではない。それでも自分が悪い。認めているランサーは、さらに声をアーチャーに向かってかける。
「話がしたいんだ。この前のこと――――」
「…………」
「なあ、聞くくらいはしてくれたっていいだろ?」
「…………」
「なあ!」
びくんっ。
アーチャーの体が震えて、その腕を掴んだランサーの手にもそれが伝わってきた。
「あ、 、」
沈黙。それは緞帳のように静かに上から落ちてくる。夜の帳のように。しずしずと、しかし確実に。
だがこの帳は、永遠に明けはしないような、そんな気がした。
だからランサーは、言葉を紡ぐ。例え聞いてもらえなくとも。
必死になって、言葉を紡いだ。
「なあ、悪かった、オレがあの時は完全に悪かった」
「…………」
「頭に血が昇ったんだ。……って、んな言い訳で許されるとは思ってねえけどよ、」
「…………」
「……好き、なんだ」
「…………ッ」
息を。
呑む気配が、伝わってきた。
けれどアーチャーは沈黙したまま。
「聞いてくれるだけでいい。認めなくてもいい。オレはおまえが好きだ。やっと気付けた。やっと気付いた。アーチャー、おまえが好きだ」
おまえの全てが好きだ。
おまえが、おまえ自身が嫌っているところも含めておまえの全部が好きだ。
必死になって、訴えかけた。もはや自分でも何を言っているのかわからないといった風に。
……ぽたん。
不意に。
鋼色から、透明な雫が落ちて。
「そんな、わけが、ない」
震える声で、アーチャーはそんなことを言った。
「あ……ある!」
言い切って、ランサーはその体を抱きしめる。ぎしり、と軋む体を抱きしめて、耳元で。
「……悪かった。好きだ。おまえが。おまえが嫌いなおまえの全部が、オレは好きだ」
「…………!」
泣く、声。
ランサーの肩口に額を押し付け、アーチャーは静かに声なく泣いたのだった。
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