私には太陽がいる。
けれどその太陽は私にだけ輝いてくれる太陽ではない。
だから、私はそんな太陽から少し離れてただ、うっすらと光を浴びるだけでいる。


「アーチャー」
「何かね、凛」
「今晩は衛宮くんの家で夕飯を食べてくるわ。それで、そのまま泊まってくる。あんたも一緒に来たらどう?」
「……遠慮しておくよ。済まない」
そう言えば、私のマスターは眉間に皺を寄せた。返すのは苦笑。
「いつもそう。あんたってば、いつもそうだわ。……無理は言わないけれど」
そんな彼女の肩にコートを羽織らせながら、私は少し傾いたリボンを整えた。
「ありがとう。気遣ってくれて常日頃感謝している」
「だったら一度くらいは顔を出してもいいんじゃないかしら。――――行ってきます」
ドアを開けて出ていく彼女。その背中を見送りながら、私は今日も繰り返す家事の内容を頭の中でリピートした。


がちゃっ。
がちゃがちゃがちゃがちゃ。
がちゃ、
「?」
――――ざばあ。
「…………」
ああ。その、もしかして。
窓を拭いていた手を止めて玄関へ向かうと、青い頭から爪先まで白い牛乳でずぶ濡れになった彼がいた。
「……ランサー」
「……手厚い歓迎、どうも」
牛乳トラップに引っ掛かってしまったのだろう。凛は必要ないと解除を試みたが、それをこっそり実行したのは私だ。これは私の過失である。所謂うっかりだ。私の太陽――――ランサーは険しい顔をして玄関先で立ち竦んでいた。
「で? 何か、言い訳は?」
「……ない。完全に私の、」
過失だ。
「と、とにかく急いで風呂をたてる。だから、これで」
胸元にタオルを押し付けて、拭いてくれと強請る。美しい彼の姿が牛乳などで汚されているのは耐え難い。
「ああ? 霊体化すればいいんじゃねえの、こんなん」
「これは特別なトラップでね。一度かかれば霊体化も出来ないようになっているんだ」
「はあ? ……んだよ、マジだな。陰湿な罠だ」
「済ま、ない」
しょんぼりと頭を垂れてしまった私に、彼は眉を跳ね上げてじろりと赤い瞳でねめつける。居た堪れない。早く、早急に。風呂をたてて、この汚れを彼から払いのけなければ。
「…………」
「…………? …………!」
べたあ。
「ラン、サー!?」
突然抱き付いてきた彼に私は瞠目した。冷たい。のに、熱い。一体何故だと混乱すれば、予想外に悪戯めいて笑う彼がいた。
「道連れだ」
「!」
どくん。
胸、が、高鳴る。
「ん?」
怪訝そうな声。ああ。それ、以上は。
「おまえ、心臓」
顔を覆ってしまいたいのに、私は彼の腕の中。
「すげえ、音、でかくて」
「――――ッ」
「死んじまいそう」
それに、と。
ささやく声が、耳元で。
「……なあ」
なんで、
問う声が、声が。どうにか、なってしまう。私の太陽。近過ぎて焦げてしまう。焦がれてしまう。とっくに焦がれていた心が、真っ黒な炭になって何も考えられなくなって。体中でさえも爛れて。間近の太陽。
「わた、しの」
「…………?」
「た、いよう」
頭の中で。
鼓動が、うるさい。
「……なあ、逃げるなよ」
彼の、声がする。
「聞かせてもらうからな。おまえの心の中、全部」



back.