「君っ! なんかっ! 信じた私がっ! 毎度ながらのっ! 馬鹿だったのだよっ!」
ぽいぽいぽいぽいぽいっ。
そこら辺にあるものが放られる。
タオル、ハンカチ、家計簿、シャープペンシル、赤ペン、時計、猫の写真が収まったアルバムとまさに手当たり次第に仔細。
この他にも上げていけばきりがない。
だからじゃきんとここらで打ち切って、話を先に進めるとしよう。
突如起こったアーチャーのヒステリック。原因はもちろんと言うかもちろん、ランサーである。アーチャーの、彼女の愛するひと。そして同時に時たまとても、とても憎たらしく変貌するひと!
「このっ、浮気者っ!」
先の尖った鉛筆が入ったペン立てを投げ付けて、アーチャーはその白い頭に鬼の角を生やす。ばかばかばかばかばか!このたわけ!罵倒も一緒に飛ばしていく。
そう、原因はランサーの“浮気”。商店街へと夕飯の買い物に出たアーチャーは、見たのだ。彼女の知らぬ女性と仲よさげに笑って話しているランサーの姿を。
どうして?何故?言ったじゃないか。先週もこんな件で私たちは(注・私たちとアーチャーは言っているがその時にもこうして怒ったのはアーチャーのみである。ランサーはただただ爆撃を避けて避難していた)喧嘩をしたではないか!
私では不満か?私だけでは心許ないか?だが浮気の原因にはならない、言い訳にもならないよランサー。つまりアウトなんだ。そしてダウトなんだ。
君は私に愛している愛しているとよく言うけれど、それが全部嘘で裏では浮気を繰り返しているんじゃないかだなんて嫌な想像が私の頭を駆け巡るんだ。酷い。酷い人だ、君は。
私を暗い感情で縛り付け、動けなくさせておいてから明るい方へと行ってしまう。
私を置いて、他の女性のところへと行ってしまう!
「ばかぁ!」
駄々っ子じみた、罵声になった。涙声になって声が詰まったのは仕方のないことだと思う。
「ちょ……ちょっと待てアーチャー! 誤解だ! いつものおまえの誤解なんだ!」
「そうやって私を丸め込もうとしても無駄だ! ランサー、私は君の目にそんなに騙しやすい輩に映っているのか!? だとしたら訂正するといい! 私とて賢くなんてないけれど、人並みの知能は有しているんだ!」
それに嫉妬の感情も!
甲高い声で叫んで消しゴムをひとつ投げ付ける。それは弁解するランサーの白い額にヒットして、「oh」と彼を仰け反らせた。何故英語。
アイルランドの光の御子が。
「アーチャー、あれは……」
「うるさーいっ!」
「うわっ、おまえ、それは止め……っ」
鋏を振りかざしてきたアーチャーにさすがに慌てたランサーは、素早く最速のサーヴァントの称号を良いようにしてアーチャーへと近付き、その手から鋏を取り上げてしまう。もちろんアーチャーは暴れた。じたばたと。
「はっ、なっ、せっ! 離せ離せ離せ離さんか、この浮気者ーっ!」
「だから誤解だって言ってんだろ!」
ランサー、必死である。何しろ鋏は取り上げたものの、アーチャーは投影の使い手で魔剣名剣何でもござれ。お茶の子さいさいでトレース・オン、すなわち歩く人間凶器だ。
だから彼女が手にした身近な凶器、鋏を取り上げても、そんなのは無視してひとふりのナイフ辺りを投影されれば一気に戦況はひっくり返る。
だからランサーは。
「! ん……ん、ん……っ……」
「…………」
「う、ん、んんんっ! ん……んー……っ……」
ぷはっ。
水場から上がってきたかのようにアーチャーが呼吸して、突然くちづけをかましてきたランサーの腹に丸い膝で膝蹴りを入れる。
「うぐっ」
たまらず呻いたランサーから距離を取るアーチャーの顔は真っ赤だ。このっ、と呻き続けるランサーの顔に指を突きつける、その動作でたわわな胸がたゆん、と揺れた。
「突然何をする! 血迷ったか、この歩く卑猥展示物めっ!」
「い、意味わかんねー……いや、そうじゃなくて、アーチャー!」
「な……」
またしても一瞬の内に距離を詰められ、アーチャーは瞠目する。すると今度は抱きしめられた。それはまるで無償の抱擁。ランサーの温かい体温がアーチャーを柔らかく包み込む。どきどきどきどき、押し当てられた胸板にアーチャーの心臓が過激に鼓動する、どきどきどきどき。
うっかりすると破裂してしまいそう。ぱぁんと弾けて、真っ赤な中味を辺り一面跳ね散らかすのだ。
掃除がきっと大変だろう――――じゃなくて。
「ラ、ランサー、離したまえ! は、離さないとっ、」
「離さないと……何だよ?」
「ひうっ」
耳元で喋られる。低くて甘く、ささやくようなそれは所謂ウィスパーボイス。やめてくれやめてくれやめてくれ、アーチャーは脳裏で必死に念じるがランサーにそんなこと伝わるはずもなく。
むしろさらに強くぎゅっと抱きしめられて、身動きが取れなくて。
……どうしたらいいのかと、惑ってしまう。
「や、め……」
どきどきどきどき、
声がだんだん弱々しくなっていく。ああそれでもきっと鼓動は届いてしまっているのだろうな。
届いてしまって、ランサーにしっかりと己の動揺を伝えてしまっている、とアーチャーは思った。いやだ。そんなのは恥ずかしくてたまらない。だから。
だから、早くこの抱擁を――――。
「誤解なんだよ、信じてくれよ」
「……き、みはいつも、そんなことを、言う、」
「本当なんだって。全部おまえの誤解……っても責めてるわけじゃねえぜ。誤解を招くようなことをしたオレも悪りいんだしな。だが、信じてほしい」
オレは、おまえが、好きだ。
「いや、愛してる」
「! っ……」
浮気疑惑もそのままに、無理矢理迫ってキスしておいて。挙げ句の果てに抱きしめながらそんなことを。
そう思うアーチャーだけど、鼓動はどうしたって止まってくれない。
くれない、から。
沈黙したまま、熱くなっていくランサーの体温に「仕方なく」といった様子で身を任せた、アーチャーなのだった。
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