気に食わねえ。
てめえは最低な野郎だな。
怒りに顔を歪ませることもなく、平静な顔でランサーはアーチャーに向かってそう言った。
それを深く深くに受け止めながら、アーチャーは表面上は嘲笑う声で。
「別に、君に好いてもらう必要もないのでね。蔑まれることにも慣れている」
「……そうかよ」
本当に最低だ。
吐き捨てるように、それだけ。
言って身を翻したランサーの背中を見て、アーチャーはずくん、と生前貫かれた心臓が疼くのを感じていた。


心は硝子。
自称するから、それなりに弱い。
そんなことを言い回って歩くこともなく、アーチャーは卑怯な者として暗躍した。裏切って、踏み付けて、蔑んで。
けれど、それは全部自分に跳ね返ってくる。
気付けば真っ赤だった。
身に纏う聖骸布のように。手も、足も、腹も、胴も、たぶん背中も。
全部が全部、血まみれだった。だがアーチャーはその痛みを訴えることなどしなかった。決して、弱味を見せることなどしなかった。
ランサーは、アイルランドの光の御子は、太陽神の息子はそんな陰のような存在のアーチャーを憎悪する。
生易しくなく、憎悪にまで至る。嫌悪など足元にも及ばぬ憎悪。
彼自身、きっとそこまでとは知らずにいた。ただ、嫌っているだけだと思っていただろう。
けれど。
ランサーは、アーチャーを憎悪していた。
諍いが起きるたびランサーはアーチャーを罵り、アーチャーはそんなランサーを嘲って笑う。
しかしもうぎりぎりだった。
心にひびは無数に入り、あと一撃入れば粉々に崩れてしまいそうな有り様だった。
だから隠れて闇に潜み、声に出すことなく態度で悲しみを吐き出して。
悲しい。
寂しい。
辛、い。
誰にも助けられることなく、ひたすらにループを繰り返していた。痛い。痛い、痛い、痛い痛い痛い。
ごめんなさい。ごめんなさい。
両目を覆って、せめて涙が出ないようにと堪えていた。


……それを。
見ている、者があった。


何で。
何で、てめえなんかがそんな姿を晒す。
何で、傷付いたりなんかして。
泣きそうな。
顔をして。
見てしまった者は、ランサーは、柱の後ろで思考を回す。
今まで見ていたアーチャーと言えば口を開けば皮肉、嘲り、意味のない囀り。
猿轡でも噛ませておいてやりたいくらいの奴だったのに。
それが、あんな風になって、弱っている。
何で。
何で、てめえなんかが。
そんな。
風が吹けば消えてしまいそうな姿で。
その場を後にする。見ていられなくなった。見ていれば、自分の中のアーチャーの像が歪む。
哀れみを。
覚える、ようになってしまいかねない。
手を差し伸べたくなるような哀れみを。
そんなのは。
そんなのは、間違いだ。
奴は様々な裏切りを犯した。
それを、許しては――――。
ランサーは見る。
一度だけ、振り返る。
耳が拾った。
かすかな、泣き声を。
「ごめんなさい」という、誰かの声を。
一足飛びでその場を後にした。
もう、それ以上見てはいけないと思った。
見ていては、自分は――――。



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