いっそこの身が檻だったのならば。
あの女を捕まえてきっと離さない。甘い香りがする、毒の女。この体を、精神を、魂を侵していって腐らせていく女。
――――ああ。
おまえは毒だよ。それでもおまえを欲するオレはとんでもないたわけ者だ。
サーヴァントは夢など見ないというのに夢想する。懸想する。愛している。そう夢の中で訴えては微笑むおまえを見て、手を伸ばしては消える様を見える。その度に自分は呆然としてからぎゅっとこぶしを握り込むのだ。
爪を肉に食い込むように立ててから。
華の女。毒の女。泥の女。……アーチャー。
手に入らないのならばまだ構わない。因果を捻じ曲げたって手に入れる。それでもどうしたって手に入らないなら諦める。そんな側面が自分にはあった。けれどアーチャーは一度手に入ったものだ。それならば手放す必要なんてないだろう。
なのに。
(どうしてだ)
ランサーは呻く。
(なあ、どうして)
苦悩に呻き、喘ぐ。
(どうして――――!)
いっそこの手にかけてしまおうか。無理矢理に体の奥へと押し入った挙げ句に突き上げて、泣かれても無視をして、内側に白濁としたものを吐き出した後でその首に手をかける。この世にないものにする。
「……くそっ」
そんなこと出来るもんか。馬鹿野郎、とランサーは自分自身を罵り欲望を己の底へと押し込める。暴れだしそうな欲望を。
「ランサー?」
声若きそれに振り返れば、そこには赤銅色の髪をした少年がいた。衛宮士郎。この邸宅の家主だ。
以前、アーチャーと組んで……組んで?ランサーを騙した輩。
その恨みを込めて顔を睨み付ければ「待った待った」と早口にそう言い、「今日はそういうんじゃないからさ、」と続けてみせた。そういうのではないとはどういうことだ。それは前回は明らかにアーチャーを手を組んでいたということではないか。
正義の味方を目指す男がそれでいいのかと胸の奥にわだかまるもやもやとしたものをいちゃもんに変えてぶつけようとしたランサーに少年は、
「アーチャーがな。いたぞ、学校の屋上に。俺は直接話さなかったからわからなかったけど、あれは誰かを待ってる顔だったと思う」
……たぶん、と頼りなく付け足して、学生服のままの少年はすたすたと歩み去っていこうとしている。何だ。あいつは……?
「おい、坊主」
「何さ」
「おまえ、いちいちそれをオレに言いに来たのか」
「そう、なるのかな」
「言い方が腹立つが……わかった、乗ってやる」
どうせここでひとり間抜けに思い悩んでいる暇もない。学校の屋上――――かつてアーチャーと初めて対峙した場所だ。場所ならすぐわかる。
“跳んで”いける。
「…………」
言葉通り“跳んで”いったランサーを見やって、少年は、衛宮士郎は思う。
「上手く行ったって……言うのかな、これ……」
たっ、と音を立ててランサーが降るように着地すれば、そこには少年の言った通り少女じみたサーヴァントの姿。
赤い聖骸布、白い髪、褐色の肌、性別だけが初めての邂逅のときと異なっている。風に吹かれて舞うのは白い髪。ささやかなそれが一時的に突風になり――――思わず目を閉じたランサーが再び目を開ければ、ゆっくりと散らばる髪をこめかみの辺りで押さえて振り返るサーヴァントの……アーチャーの姿があった。
「アーチャー」
「…………」
「どうしてこんなところにいた。それも……坊主に察知出来るくらい隙見せやがって」
「私も、時々緩むときがあるよ」
「嘘吐きやがれ」
ひどいな、と言ってふわりとアーチャーが笑ってみせる。その仕草にランサーの胸はやはりらしくなくどきりと高鳴った。百戦錬磨のはずの男が、童貞のように。アーチャーの放つ甘い香りは正常な判断力を奪ってランサーを惑わせる。華の女。毒の女。……泥の女。
ずぶずぶと足がはまれば抜け出せない。どうしようもない。いつかはその、泥の、泥沼の一部となる。
抜け出したい?
いや。
どうせなら、もうそのまま。
「…………ッ」
頭をぶんぶんと振る。まずい。思考能力が圧倒的に低下している。どうしよう、どうしたらいい?
子供のように悩む、どうしよう、どうしたらいい?
なあ。
「……なあ、アーチャー」
気付けば、口に出していた。目の前の、ある意味張本人である女に向かって。
「どうしたね」
「オレは……オレは、おまえを」
「言ったろうランサー? 私は、君になら」
ああ。
その先は。
「君になら、抱かれようと……いや、たとえ何をされたっていいんだ」
かあっと頭に血が昇っていた。そして小さな体を抱き寄せ。
くちづけて、抱きしめて、それから。
それから後は、もう――――。
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