「食い物は皮を剥いて喰うもんだろ?」
「正論のように聞こえるが、その理屈は」
今はおかしい。
ジャケットを必死に握り締めながら、アーチャーは必死な顔で言った。何しろ貞操の危機である。
対するランサーは真顔であった。にやにやと意地悪く笑んでもいず。淫らな顔で挑発してもいず。ただ、ただ、真顔。
真摯な真顔であった。
事は魔術師たちの会合、立食パーティー。
それへの参加権を頂いた遠坂凛は、「わたしを独りで放り出すわけがないわよね?」と自らのサーヴァント・アーチャーへ向けて微笑みかけた。そう。
何しろ魔術師たちの善悪は仮面に彩られぱっと見では知れない。にこにこ笑顔だからとて善人なわけでもないのだ。
“ああ、凛”
だからアーチャーも素直に頷いて、凛との同行を快諾した。
黒の上下、いつものパジャマ姿で。
凛は無情な顔付きになった。不思議そうに首を傾げるアーチャーの肩をガッ、と掴んで、「着替えるわよ」と口にする。尚も不思議そうに首を傾げるアーチャーへと、「着替えるの」と言い募った。
“凛?”
いいから、その野暮ったい服を脱いで採寸するのよアーチャー。
先程とは打って変わった笑顔でそう言い切った彼女の背後には、いつの間にか笑顔である妹の桜がいて。足元からは、お馴染みの影がわきわきと湧き出ていて。――――悲鳴がひとつ。
はい、採寸出来ましたよ姉さん。
事もあろうに魔力の影でアーチャーの全身を余すところなく測り上げた桜は、姉である凛にその数値を告げて。凛は「ありがと、桜」などと答えながら年代物の電話のダイヤルをジコジコと回し彼女の小さい頃からの仕立て屋へ男物のスーツを一着、発注していたのだった。
それが、今ランサーに剥かれようとしているとっておきのスーツである。
「破ける! 君の筋力でそのようにっ、無理矢理っ、されては……」
「なら協力しろよ」
「無茶苦茶だ……!」
だって、とアーチャー脱がしを続行しつつランサーは言う。それがまるで何気もないことだと言うかのように。
「だってよ。こいびとがいつもと違う格好をしてたら脱がしたくなるのが男ってもんだろ」
「そこは着せたままじっくりと堪能するのが筋ではないかね!?」
「やだーアーチャーさんってばむっつりー」
「私はむっつりなどではないっ!」
「あ、そっか」
などと言ってランサーは一旦ジャケットから手を離す。そこでアーチャーが、ほ、とした時だ。
「まずはネクタイから解くもんだったな?」
「え」
しゅるり。なんて、馬鹿みたいにあっけなく。
明るいグレイ・スーツに映えるブラックのネクタイは解かれてしまった。ただの布になったそれをぽいと後ろに放り、ランサーは再びジャケットにわっしと手をかける。
「オレの目の前にそんな格好で現れたってことは、美味しく頂いてくださいって言ってるようなもんだろ」
「違う! まず場に出る前に着慣らしをしておかないとならないだろう!?」
「ああ、ぶっつけ本番じゃなくて何事も慣らさないといけねえもんな。指とかで」
「指!?」
何を卑猥な話をしているのだろう。アイルランドの英雄。
「丁寧に剥がしていってやるからよ。何事も力任せじゃ物足りねえ」
「今がまさに力任せな時だと思うのだがね!?」
「で、その後に頂いてやっから」
「服が汚れる!」
「何言ってんだよ、アーチャー」
ランサーは誠に不思議そうな顔で。
「その時には、もうおまえ何も着てねえだろ」
「…………」
ああ。
ああ、そういう――――。
「ん」
白い顔に褐色のてのひらを突っ張って形ながらの抵抗をするアーチャーに、ランサーは何でもないというような面持ちをして。
「何おまえ。これが抵抗? かっわいーの」
「り、んに、雷を、落とされ、る、」
「あー嬢ちゃんな。んー……」
ランサーは少しだけ考える様子を見せ。
「そん時はそん時で!」
「たわけええええ!」
すとん、と肩から落ちるグレイのスーツ。丁寧に剥がすというランサーの言葉通り、そこには皺ひとつない。
「ん、んんっ……」
「…………」
「ん、んーっ!」
声を詰まらせて突然のくちづけに目を見開くアーチャーに、ランサーは半ば恍惚と赤い瞳を細め。
「!」
何らかのスイッチが入ってしまったかのように、れろ、とアーチャーの上顎を舐めたのだった。
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