「そうだな、家の屋根は赤がいい。そして大きな犬を飼いたいところだ。毛が白くて、ふさふさで……」
ちゃぶ台に肘をついて、のんびりとした様子でアーチャーが言う。その丸い頬はほんのりと赤い。遠い未来の、いや、もしかしたら近い未来の?
光景を、見ているからかもしれないが。
そんなアーチャーを、ランサーは楽しそうに見守っている。口には火のついてない咥え煙草。こちらもまた同じくのんびりとした様子で未来予想図を語るアーチャーの様子を眺めている。
「おまえ、動物好きだもんな。猫とかはいいのか?」
「うん? そうだな、猫もいいな。ただ、予算の都合が……」
それに、君、猫はあまり――――。
伺うようにして己の方を見てくるアーチャーに、ん?という顔をしてみせた後でああ、と気付きランサーは微笑んで。
余裕綽々、といった風に微笑んで、男のプライドを見せてみせた。
「何言ってんだ、おまえの好きなもんならオレだって好きになる。何しろおまえが好きだからよ、おまえの好きになるもんは何でも好きになりたいんだ」
「――――っ」
アーチャーの顔が、かああああ、と、赤くなって、
「……たわけ」
ばさり、と、洋風住宅のパンフレットがその白い顔に投げ付けられた。
それをひょいっとさすがの最速ステイタスで避けて、壁にべちっと広げ当てるとランサーは煙草を指先でひょいと摘み上げる。そしてアーチャーはそれを見ず、下を向いたまま「きみの、」と小さな声で口にした。
「あ?」
「……君の、希望は。ないのかねランサー? 私ばかりの希望では“二人の家”にはならない。だから、君の希望を言ってくれ、ないと――――」
「…………」
ようようやっとといった様子で口にされたそんな言葉にランサーは目を丸くし、摘み上げた煙草を腰の携帯灰皿に挿入すると蓋を閉め、ただちにちゃぶ台を乗り越えて下を向いてしまったアーチャーを抱きしめた。
「なっ!? なっ、なっ、ななななっ」
「あー……オレってば超幸せ者ー……」
「ははははっ、離さんかっ!」
「何笑ってんだおまえ」
「笑っているのではない、どもっているのだ!」
もしくはラップ現象だっ!と何かが違うことを言い、アーチャーはけれどランサーの腕の中で暴れない。口だけの抵抗。
もちろんそんなもの聞き入れられはしなくて、ランサーにアーチャーはさらにぎゅっと抱きしめられる。後天性で女性になってしまったアーチャーの体は小柄で、ランサーの腕の中に容易にすっぽりと抱きしめられてしまう。
それがあまりにもランサーには、いとしい。
「んー」
「!?」
だからすりすりと下にある白い頭のつむじに頬を撫で付ければびくん!と小さなアーチャーの体が強張るのがわかって、余計にいとしくなってしまう。
(こいつ……)
オレをどうしたいのかねえ、とやたらめったらにのんびり思いながらそうしていると、慌てたようにアーチャーが見上げてきて。
「そっ、そうだ、ランサーっ、君はっ」
「ん?」
「君は、もし住むならどんなところがいい……?」
必死だ。ランサーは思った。しかしこのアーチャー必死である。
「だから、おまえのいいところが」
「だから、それでは“二人の家”にならないと……!」
どこか切なげな様子でアーチャーが、叫ぶから。
ランサーは少し考え。
「そうだな……オレは別に一戸建てでなくてもいいんだ。マンションの一室でも。その方が金はかからねえだろ?」
「ふむ……それもそう……だが……」
「それにだな」
きらーん。ランサーの赤い瞳が輝いて。
「マンションには、一戸建てにゃ出来ねえことがあるんだ」
「えっ」
なにそれ意外。
そんな感じでアーチャーが反応するから、ランサーは指を一本立てにーっこり、と笑い。
「“奥さん、旦那さんで満足してる?”」
「……は?」
「“満足出来てねえんじゃないすか? だったらオレが……お相手しますよ……”“いけません、主人がもうすぐ帰ってきます”“奥さん”」
「ランサー、君、一体何を」
「“奥さん! いいじゃないですか、とことん満足させますから!”“ああっいけません、いけません……ああっ!”」
「団地妻かーっ!」
ごつん。
小さな頭が顎にヒット。
力からの頭突きを顎に受けて、さすがにくらくら来たランサーはアーチャーを腕の中から離してしまう。その隙にアーチャーは転がるように、ランサーの腕の中から逃げ出した。
そしてぷいとそっぽを向いて、ふくれっつらでつぶやく。
「全く、私は真面目に考えているというのに」
こりゃヤベえとランサーは思い、そっぽを向いたアーチャーに顎を擦りながら近付いていく。それから再びその小さな体を腕の中に抱きしめた。抵抗はなかった、けれども。
「……私は……君との幸せを真剣に考えて相談を……」
「アーチャー……」
悪かった。オレが悪かったから。
ぎゅっとアーチャーの体を抱きしめて。
その頬に、くちづけを落としたランサーなのだった。
back.