「駄目! アーチャーの隣はわたしのものなの!」
「何言ってるのよイリヤ。アーチャーは“わたしの”アーチャーなのよ? だったらわたしの隣なのが当然でしょう?」
あかいあくまとしろいこあくまがギャーギャー言い合っている最中、ひたひたとその後ろを妖艶な美女が歩く。こんなに彼の方が身長が高いのだから、気にすることなど何もない。そう言いたげに美女は彼の後ろをマークしてキープしていた。
「凛、イリヤスフィール。アーチャーの隣は左右で空いています。なので、そのように騒ぎ立てて奪い合うことはないかと」
「あらぁ? だったらセイバーはいらないのかしら、アーチャーのと・な・り!」
「わたしはいいのです。後でゆっくり、家に帰ってからアーチャーと、その料理を堪能しますから」
「あーっ! ずるいずるいずるーいっ、セイバーってばずるっこなんだからーっ!」
「…………」
わたしは料理を一緒に作れればそれで……と桜色の少女が三人に増えた騒動の後ろからじっと見守る、その顔には笑顔。
ただし、若干黒い笑顔ではあったが。
「君たちな……気付いているか? そのように騒ぎ立てたせいで今の私たちは相当目立っているぞ? 淑女として恥ずかしくないのかね……」
「そんなの」
「関係ないわ」
「ええ、ありませんね」
きっぱりと三人に言われ、“彼”こと――――アーチャーは頭痛がする、というかのようにこめかみに手を当てた。


セイバー、遠坂凛、間桐桜、ライダー、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
普段は衛宮邸にてきゃっきゃとかしましく騒いでいる彼女たちであったが、今はその舞台を外、新都に変えて大暴れ中だった。
『ねえアーチャー。明日は暇?』
まずそう切り出したのがイリヤスフィールで、それにぴきん、と音を立てて遠坂凛が反応する。ちょっとイリヤ、言おうとするその前にアーチャーが。
『うん? いや、特に予定はないが。何かあるのかな、イリヤスフィール』
『あのねあのねあのね! だったら、わたしとデートしない?』
ぴきんっ。
だなんて音を立てて空間が固まった。
身を乗り出しかけた凛に、お茶菓子をはむはむこくこくしていたセイバー。本を読んでいたライダーに、テレビを眺めていた桜。
『デー……ト……?』
不審げにアーチャーが言うのに、イリヤスフィールはいかにも楽しそうに笑って。
『そう、デート! わたしとぉ、アーチャーとぉ、ふたりっきり! 誰にも邪魔されずデートするの! ねえねえ、それってとっても楽しそうだと――――』
『駄目よ! 駄目、駄目駄目駄目ったら絶対に駄目!』
そこに割って入るは凛。アーチャーの腕に腕を絡め、上目遣いをしてみせるイリヤスフィールをぐいぐいと手で押しのけて、厳しい顔をしてみせる。
『何よリン、邪魔しないで! 世の中早いもの勝ちなんだから、そんなのあなただってわかってるでしょう?』
『そんなの知るもんですか、いーい? アーチャーは“わたしの”アーチャーなのよ?』
それで。
そんなこんなで、すったもんだあって。


何故だか、アーチャーはそこにいた衛宮邸に住む女性陣全員と集団デートをすることになったのだった。
「あっ、アーチャー! あっちにクレープ屋さんがあるわ、一緒に食べに行きましょう!」
「駄目よアーチャー、あんたはわたしとジェラートを食べに行くのよね? ほら、あっちよあっち!」
「むー! やめてよリン、引っ張らないで! アーチャーの体が裂けちゃうでしょ!?」
「いや……私の体はそんなにヤワではないが……」
精神的にはヤワなので、出来れば止めてほしいとアーチャーが頼むがお嬢さんたちは聞いてなんていない。正反対のクレープ屋とジェラート屋にぐいぐいとアーチャーを引っ張っていこうとする。
「凛、イリヤスフィール。ここは折衷案を取ってあのジュウジュウと肉汁滴るケバブとやらを食するのはいかがですか?」
「やだ……セイバーってば乙女心なんてまるっきり無視なのね……」
デート中に選ぶのがまさかの肉だなんて、と眉間に皺を寄せるイリヤスフィール、そこにまあまあと割って入るは桜。
「まあまあ、姉さんにイリヤちゃんも。ここは全員の意見を参照して……」
ねっライダー?彼女は背後の妖艶な美女へと振り返る。
「ライダー、あなたはどう? 一体何が食べたいの?」
その呼びかけにライダーは顔を上げて。
「そうですね……わたしは、アーチャーの血を少々いただければ……」
「…………」
その場の全員の心がひとつになった。
「もうっ、ライダー! 駄目でしょ、むやみやたらな吸血は禁止よって言ったじゃない!」
「ですが、サクラ。アーチャーの血はひどく美味しそうですよ? それを目の前に禁止とは……あまりに酷すぎます」
淡々と語るライダー、沈黙するその他の面子。
「それに今ここでそんなことを言ってどうするの? 公衆の面前で血なんて、吸えるわけが……」
「いえ。ちょっとお時間をいただければ、そこら辺の路地裏で素早く済ませてきますから……サクラにアーチャー、あなた方のご理解をいただければわたしは」
「駄目に決まってるでしょうっ!」
叫ぶ桜、ちょっと黒くなっている。スカートの下から例の影が出ていた。
「でしたら! わたしもアーチャーを少し、ひとくちくらいはですね!」
「セイバーあなた何を言っているの!?」
椅子に座ってもいないのに、ガタタッ!という勢いで気炎を上げたセイバーにすかさず凛が突っ込む。そうよそうよとイリヤスフィールが追従をかけた。
「セイバーのひとくちなんて普通の人間のまるかじりじゃない! そんなの絶対に許さないんだから!」
わたしの弟にそんなこと絶対させないわよ!と両手を広げて立ちはだかるイリヤスフィール、その向こうでまったく隠れきれていない大柄なアーチャーはなおも頭痛に悩まされているかのようにこめかみを押さえて目を閉じる。
本来なら両手に花どころではないこの現状に、ただただ彼が感じるは疲労感。
ざわざわと増していく雑音に、今すぐこの場から逃げ出せないかと思うアーチャーだった。



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