「おや」
「……っと」
そこでその少年に出会ったのは、アーチャーにとって完全に予想の範囲外のことだった。
確かにその少年は、柳洞一成は。
過去に親友であった一成は、この柳洞寺に住んでいるのだから遭遇しない可能性の方が少なかったのだ。
「確か……衛宮の家にお住まいの方でしたか。お名前は……」
「アーチャーと。本名ではないがね、それで通っている」
咄嗟に嘘っぽい笑顔を作ってしまった自分にずくん、と疼く嫌悪感を覚えながらアーチャーは答える。
まったく、何が“それで通っている”だ。本名を曝け出せもしない自分。
エミヤシロウだよ、と。
過去の親友にでさえ、言えない自分が口惜しかった。
「そうですか。アーチャーさん、こちらには?」
「今、墓参りに行ってきたところさ。それで退散しようかと」
「そうですか……あの、もしよろしければ」
「うん?」


それで。
……何故こんなことになっているのだろう、とアーチャーは山門前の石段に座りながら考えた。
隣では茶菓子を口にしながら一成が喋っている。
それに耳を傾けながら、相槌を打ちながら気はそぞろ。
一成と同じ茶菓子はほろ苦く、抹茶の風味を口に残していく。
ああ、彼が昔振る舞ってくれたものだな。
などと不意に思い出したりして、覚えているものだ、と苦笑する。
「アーチャーさん?」
「いや、何でもないよ。ちょっとした思い出し笑いだ」
「思い出し笑い」
「意外そうな顔をするものだな。私とはあまりにも似合わない単語かね?」
「言ってしまえばそうですね。ですが、あなたの笑い方は嫌いではないですよ」
ほころぶかつての親友の顔に、アーチャーは目を丸くして。
「……そうか」
胸の奥から溢れてくる温かいものを、感じていた。
それにしても。
(君……先程からその視線は一体何だね)
(いやいや。あの弓兵殿が、随分と砕けた顔を見せるものだと思ってな?)
(別に、そのような――――というか、君のしていることは)
(覗き見、だと言いたいのであろう? だがな、私とて好きで覗き見ている訳ではない。あの魔女にここに括り付けられて動けんのでこうして見ているしかないのだから、それくらいは大目に見よ)
「……アーチャーさん、どうかしましたか?」
「いや、何でもない。それにしても、この菓子は美味しいな」
「でしょう? 俺の友が好きだと言っていたんですよ」
ぱっ、と輝く一成の顔。
それを、かつて見た笑顔だとアーチャーは思い。
またそれが見られたことを、喜ばしく思った。
「君の友と私は同じか。そうか、それは嬉しい」
「なかなかいい奴なんですよ、というかですね、自慢出来る親友で――――」
「ふ、くく」
「?」
「ふ、くく、ははは、は!」
身を折って笑い出したアーチャーを、きょとんとした目で一成は見やる。山門に括り付けられた亡霊も。
けれどアーチャーの精神から笑いは去ってくれなくて、しばらく彼は笑い続けてしまった。涙が出るほど。
というか、実際に涙が出てしまった。
「くく、あは、は、済ま、ない。悪気はなかったん、だ。ただ君、が、ほんとうに、その、親友を――――」
好いているのだ、と思って。
言いながらアーチャーは、笑いだけでない涙がじわりと湧き上がってくるのを感じていた。
けれどその涙を、そっと笑いの涙に変えた。
「――――む。そんなにおかしいですか、俺が親友を褒めているのが」
「おかしくはない、おかしくはないんだ。済まない、悪く思えたのなら……」
「そうではないですが。ただ」
「……ただ?」
「ただ、」
そこで一成はにっこりと笑い。


「あなたと親友の笑顔が、ひどく似ているな、と思えまして」
アーチャーは息を呑んだ。親友の笑顔。ほっとする、その笑顔を見て。
「……そうかね」
言って、心の底からの笑みを彼に向かって放ってみせたのだった。



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