「…………」
まじまじ。
つい“それ”をじっと見てしまう自分がいて、アーチャーは、はっと我に返った。
こんなところを誰かに見られたら何と言われるか、いや、まず誰かが訪れるということはないのだが、だからこそ及んだ行動なのだし、いやいやでも物事には、まさかということが。
「…………」
思考を巡らせることで、ついつい目線を“それ”にやはり引きつけられてしまってアーチャーは頭をぶんぶんと激しく振った。
それ。
有り体に言えば“張子”もしくは“ディルド”である。
さて、一体どうしてなんでアーチャーがそんなものを持っているかといえば。
『え、長期出張バイト……?』
『おう。ちょっと店長に無理言われちまってよー。どうせ暇だろ? だとか稼ぎ時だぜ? だとか滅茶苦茶言いやがんの。まあ、暇……じゃねえけど、稼ぎ時ではあるしな』
『そう……か』
玄関先で洗濯物と荷物が入った鞄を受け取って下を向いてしまったアーチャーに、ランサーは『…………』という顔をして。
『わぷ!?』
『だーいじょぶだって。んな顔しなくったって、すぐ帰ってくっからよ。せいぜい一週間程度だ、ちょっぱやで仕事片付けりゃその日にちも縮まるかもしれねえし――――』
不意に。
唇に温かいものが触れて、アーチャーは目を見開いた。
下を向いたアーチャーを覗き込むようにして、くちづけてきたランサー。『ん』と言って彼は離れると、今までアーチャーのそこに触れていた表面をぺろり、となめずる。
『……帰ってきたらたっぷり可愛がってやる。だから期待していい子で待ってな』
『――――なッ』
その時は瞬時に概念武装を纏い、ランサー曰くの照れ隠しUBWでその場を治めたのだったが。
「…………」
両手で持っていた張子を片手持ちに切り替え、アーチャーはもう一方の手の人差し指と親指をぴんと立てる。そうやってくいくいと伸び縮みさせながら、何かを測るように張子に添える。
ええっと。
ランサーのサイズが、確か……。
「って、私は何をやってるんだ!?」
阿呆かたわけか変態か!!
叫んでべちっ!と床に張子を叩き付ける、それは当然動かない。アーチャーは真っ赤になって「けしからん」「頭から冷水を被るべきだろうか」などとぶつぶつ独り言を言い続け――――。
「…………」
ちらり。
視線を床に投げて、動かない張子を見ていた。
そっとそれを拾い上げる。さっき指で測ったからには、ぴったり一ミリ違わずランサーのそれと同じサイズであった。
「す、」
少し、だけなら。
己に言い訳をするように、アーチャーは舌を出して、張子の先端に触れてみる。鈍い感触がして、ゴムの味がした。ぴちゅ、と音を立てて一度、ちゅる、と二度、ちゅううう、と三度。
やがてちゅぱちゅぱと吸い付くようになる頃にはアーチャーの息は荒くなり、先程張子のサイズを測っていた指は己が履くスラックスをずり下げるように動いていた。
「ん…………」
張子を伝って垂れ落ちる唾液を指に絡めて、大きくゆっくり息を吐きながら静かに静かに奥に押し当てていって。
「――――ッ、は、」
一本、二本。違和感に呻きながらも蠢かし、口では張子を頬張る。ぽたぽたぽた、床へ落ちる唾液の点。
「ん、」
頭が熱に浮かされている。で、なければこんなことはしない。そうなのだきっとそうなのだ、と自分に言い聞かせながら、アーチャーは目を閉じてはぁ、と息を一度吐き出し、含んでいた張子を口から出す。
そうして。
「ぁ――――あぁっ!」
一気に押し当て、ずるりと奥まで押し込んでいた。
「っ、は、おな、じだ、」
声がやたら上擦っている。そうだ。同じだ。ぴったり一ミリ違わず彼のそれと同サイズ。
己の妄想もここまで至ったかと自慰の最中だというのに笑い出したくなる。自慰。自分で自分を慰める。
ランサー自身を、張子として投影して。
自分の奥へと押し込んで、出し入れして、感じ入っている。
「ん……はっ、」
物凄く、背徳的な気持ちだ!
途方もない嫌悪感と快楽に挟まれながら、アーチャーは片手で張子を出し入れする。その度に濡れた音が室内に響き、死にたい気持ちにアーチャーをさせた。
「あ、ぁ、」
駄目、駄目、と。
彼自身と行為を取り交わす時に口にするのと同じ言葉が唇から漏れて、虚しく響いた。駄目、駄目。
こんなことをしては、いけないのに。
いけないのに、いけないから、感じてしまう。
「あ……――――!!」
その日からランサーが帰ってくるまで。
アーチャーは、ずっと自己嫌悪のスパイラルに陥っていたそうな。
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