「私が!」
「いいえわたしが!」
「…………」
もうやめてくれ。
アーチャーとバゼット、ふたりの女性に両側から挟まれたランサーは正直マジ勘弁、という有り様だった。
この状況は両手に華なんていいもんじゃない。大岡裁きだ。
アーチャーは筋力Dだからまだ許せるものの、バゼットはじゃんけん死ねえの豪腕である。ぶっちゃけ無理だ。かあちゃんかんべん。
「確かに君は以前ランサーと繋がりがあったかもしれない。けれど今、彼と繋がっているのは私なんだ」
ええ、毎晩毎晩ね。
「わたしは何もあなたとランサーの恋仲を引き裂いてまで彼を手に入れようとは思いません。ですが、彼の所有権はわたしにあります」
「所有権、だと……?」
あ。
アーチャーの声が険しくなった。
かと思いきや腕に絡めた力を強くして、アーチャーは柳眉を逆立てる。そうしてバゼットに声を荒げ、
「君はランサーのことを一体何だと思っている! 所有権だと!? 物扱いか! そんな君に彼を渡すことなど出来ない!」
「わ、わたしはそんなこと一言も!」
「……おーい」
「言ってはいなくとも心の中では思っているのではないかね。だから口に出たのだろう? 君は傲慢だ。私とて彼に対しては独占欲を剥き出しにした醜い獣だが、君の傲慢さはそれを遥かに上回ってるのではないか?」
「……もしもーし」
「で、ですからわたしは……って、アヴェンジャーうるさいっ!」
ごっつん。
そんなコミカルな音がバゼットの拳から上がる。「いてっ」と唸るは少年じみた声。
「ひでえよマスタ~、オレ、ちょっと口出ししただけなのにぃ」
「ただいま真剣勝負の真っ最中なのですっ! 口出ししないでもらえますか!?」
「オレはただ口添えしてやろうかなって」
「いりませんっ!」
マスター不器用じゃん、と言い放った少年は、じりじりとバゼットに迫られ「ウェイウェイウェイ!」と意味不明な声を上げていた。だが虚しく再び降り注ぐ、バゼットの鉄拳制裁。
ぷすぷすその頭からは煙が上がっていた。
ああはなるまい。――――そう、先程から三竦み並みの光景を見ていたランサーは思った。
三竦みとはちなみにアーチャー、バゼット、アヴェンジャーのことである。
「もういいじゃんよマスター、あんたにはオレがいるでしょ? その上でなんでそいつが欲しいの?」
「そ、それは……彼は、わたしの幼少時代からの憧れですから」
指を絡み合わせ、もじもじバゼット。だが鉄拳制裁の鉄の女である。胸は大きいが。
それに並ぶ勢いで巨乳のアーチャーも、無意識かぎゅっと腕に胸を押し付けてきながら「私とて、」と口にする。
「私とて、過去から彼に憧れていた。淡い想いだったが、ずっと胸に抱いていたんだ」
その巨乳にか?
言いたかったが、言えば抹殺即KILL☆なのでランサーは黙っていた。
「とにかく」
アーチャーは胸を張った。大きな胸を。
アヴェンジャーの視線がさっと即座にそこに吸い寄せられる。ランサーは彼を穿とうかと思った。よろしいならば死ね的な意味で。
「君にランサーは渡せない。だから、その賄賂を持って、サーヴァントを連れて帰ることだな」
「わ、賄賂ではありません……っ! ただの手土産で」
「手土産というのはもっとささやかなもので、アタッシュケースにぎっしりと詰まった札束のことを言うのではないっ!」
まあ、そりゃそうだ。
「くうっ」
「……なあ、マスター。もうゴールしてもいいんじゃね?」
「まだです! わたしはまだゴールするわけにはいきません! ……というかそれはどういう意味ですか?」
「いやいや、知らなくてもいいよ。世俗にまみれるにはマスターはまだ早すぎる」
おこちゃまでしょ?とケラケラ笑うアヴェンジャーに、スッ……とバゼットの瞳が静けさを帯びて。
あ、やべ。そんな顔にアヴェンジャーがなって。
「ちょっと待ったマス……」
「じゃんけん、」
死ねえっ!!
そんな掛け声と共に放たれる豪腕。それをもろに喰らったアヴェンジャーはと言えば。
死んだ。
お亡くなりになりあそばれた。ちーんぽくぽくぽく。
ある意味お家芸の「○○が死んだ!」を先にやられて複雑なランサーだったが、まあ厄介な奴がひとり減ったので構わないことにした。
あとは。
「早く諦めて帰ることだな!」
「いいえ、帰れません!」
彼女たちをどうするか、である。
下手に口を出して干将莫耶で切り刻まれるのも、顔面パンチを喰らうのも勘弁。
かといってこのまま眺めているのも心労が……。
いつのまにか刻まれた眉間の皺を揉む。
ランサーは、はあ。と非常に長々としたため息をついたのだった。



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