タキシードとタキシード。
ランサーはウェディングドレスを着てみないかと面白半分で言ってみたが、直後のUBWで半殺しにされかけたので口を噤んだ。鬼のような顔だったらまだ闘争心とか沸き起こったものの、笑顔であったから。
それはもう純粋な。可憐な。どうしようもない。――――美味しそうな。
それを目の前に自ら引いた引き金で座に還るような真似をするのは脳の足りない者のすることである、というのが曰くランサーの台詞。
ということでランサーとアーチャーの結婚式当日はタキシードとタキシードのあわせ技と相成った。
「ブーケはどちらも持っていないのね」
そんなピュアな少女らしいことを言いながらイリヤ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン……嫁側の義姉……は、魔術回路いつでも発動オッケーという物騒さで席にちょこなんと座っている。
ああ、そうだな、と隣でげっそりとしているのは衛宮士郎。何せこんな、サーヴァント同士、しかも男同士という異常事態サンドな結婚式の参列者という立場に置かれてしまっているのである。のである。しかも隣にはイリヤと遠坂凛。
嫁側の関係者ふたりに挟まれているのである。何の因果か。なんでさ、と自分の立ち位置に脳内でツッコミを入れてみるものの、まあ、嫁の過去の姿であるのが士郎なのだから仕方ない……と言えるのだろうか。
ちなみに凛はランサーが婿入りしたとしても毎日いびるわ、何かあれば殺すわ、と笑顔で言っていた。とてもいい笑顔だった。額には青筋が立っていた。美少女台無しである。
言っておくならば旦那側の関係者はカレンと何故か生きている言峰である。こちらも貼り付いたような笑顔でふたり席に参列しているが、ぽっかりとその周囲に穴が空いたような有り様を見せていて、まさに都会のエアポケットである。超ギスギス。
「イリヤ、あんた。ブーケトスでブーケが飛んできたとしてもバーサーカーにアタックさせるでしょう」
「そうね。そしてランサーの額にブチ当ててやるのよ」
にっこり。
義弟が見せたような純粋で可憐な笑顔でイリヤが言ってみせる。その背後には巌のようなサーヴァント。
もちろん教会にはそんな巨体入るわけがない。なので、今回の結婚式は野外で行われていた。緑に囲まれてあらあら素敵ウフフ、とイリヤの母アイリなら言ったのであろうか。
「あ、そろそろね」
曲が鳴る。
荘厳で、どなた様にもよく耳に馴染むだろう例の曲である。
「……ベール?」
士郎が怪訝そうな声を上げる。その言葉通り、アーチャーの頭には冠とベールが乗っていた。
おそらくはドレスの代わりなのだ。ランサーが譲歩して譲歩して譲歩して挙げ句駄々を捏ねてドレスの代わりにそれをアーチャーの頭に乗せる権を獲得したのであろう。おかげでアーチャーの眉間には割と大層な皺が刻まれていた。
「爪楊枝が何本挟めるかしら?」
ぽつり、と凛が言った。
「お母様ずるい!」
がたん、と椅子から立ち上がってイリヤが言う。アーチャーの頭に乗ったベールの裾を持っているのはアイリスフィールだった。すごく、ものすごくいい笑顔だ。
あらあらウフフ。
「嫌ね、駄犬ったら。幸福そうな顔をして、思わず切開したくなります」
「ランサー。おまえの幸せそうな顔を見ていると私の心が疼くのだが」
しらねーよ、と新郎が言ったかどうか。
とにかく例の曲と共に新郎新婦はしずしずと行進し、やがて最終地点まで到達する。そこにいたのは黒い衣装に身を包んだ神父。
神父ならば言峰がいるではないかと思われがちではあるけれど、今回彼は旦那側に招かれた参列者だ。
だから、神父、は――――、


「ランサーくん」


くん?
新郎新婦が不思議そうな顔をした時。
「君たちは一生幸せになんてなれないんだよ! だってこの僕がそれを認めないからね!」
ばあっ、と顔を覆う衣装を取り除け、声を高らかに上げたのは衛宮切嗣。
「爺さん!?」
驚きの声を上げるアーチャーに微笑みかけ、切嗣は士郎助けに来たよとさながらヒーロー気取り。
「望まれない式で本命の乱入。このような映画がどこかでありましたね」
先程とは一転愉しそうな笑顔でころころ笑うカレン、死地から舞い戻ってきたか!と明らかに喜び勇んで黒鍵を装備するのは言峰。
「ちょ、こら、爺さん、さすがにこんなところでの乱入は大人気ないぞ!」
「キリツグ……さすがにわたしもそう思うわ」
「……衛宮くんの、その、お父様? わたしも同意見です……」
少年少女三名の非難を浴びても切嗣は平気の平左。だって心は鉄なのだから!
「それにキリツグ、あなたにはもうシロウがいるでしょ!」
「イリヤ……あんたがそれを言うの?」
「何を言うんだいイリヤ!」
胸を張って。
息を吐いて。
切嗣はきっぱりと言って述べた。
「士郎は何人いても困らないよ!」
すごく迷惑な親馬鹿である。
式場にいる面子の心が今、一体になった。
「だからね……うわ!?」
そこに放たれるは蜘蛛の巣のようなベール。思わず切嗣が怯んだところで旦那、ランサーは妻、アーチャーを姫抱きに抱え台の上に飛び乗る。そしてカキワリのようなセットを足場にして、一番大きな木の上へと飛び移った。


「わー、まるで映画みたーい」
全く心を込めないでそう言ったのが誰かは知れず。
「お義父さん、こいつはオレが頂いていきます!」
新郎はそう宣言し、一気に式場から消え失せた。
それから新郎新婦の大捜索会が始まったのは、言うまでもない。



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