「……お邪魔します」
ぺこり、と頭を下げたアーチャーを、何言ってるんだとランサーが笑った。


雑木林に立てられたテント。
町のパトロール中に偶然それを見つけたアーチャーはすわ不審者の住処かと警戒心を見せたが、数秒後に中からひょっこりと出てきた見覚えのある青い頭を確認して、体中に走った強張りを解いた。
「何だ、君か」
驚かさないでくれとつぶやくアーチャーに、きょとんと赤い瞳を瞬かせたランサーはまるで小さな子供のようだった。
なんでおまえが、オレに対して驚くことがあるよ。
「まあ、そうなんだが」
ランサーとアーチャーはそれなりに深い仲である。だからアーチャーがランサーに対して驚くことなど何もないというのがランサーの持論だった。でも、けれど。そんなことを言われたってアーチャーとて普通に驚く。ランサーのある意味突拍子もない行動に驚嘆することもある、というのがアーチャーの持論。
「それにしたって、住処があるのに」
立派な住処じゃないか、教会は。
そうつぶやいたアーチャーに、俄かにランサーは眉間に皺を刻んで。
「あのな。確かにあそこには屋根がある。壁もある。だがな、同居人が最低だ」
「あ。あー……」
確かに、という同意を口にしてしまったアーチャーだった。
まず、カレン・オルテンシア。サーヴァントのみならず同じ生まれの人間でさえも惑わしてみせるある意味魔性の少女。そして英雄王ギルガメッシュ。小さい頃ならば彼はいい。付き合っていける。だが、何の因果か。
……彼は、大人になってしまった。
「薬切れってなんだよ。ちゃんと管理しとけよ。言峰と同居してる時に……なんだ? 十年か? 飲んでる必要なんてなかったんだよ。性格の悪いもんは悪いもん同士、付き合って過ごしてりゃいいじゃねえか。おかげでオレはこんなテント暮らしだ」
まあ別に悪いわけでもねえけどよ、と唇を尖らせがさがさコンビニで買った弁当らしいパックを取り出しながらランサーがぼやく。隣に大柄な体を縮めて座っていたアーチャーはそれを鋭く見定め、ぱっしと白い手首を掴む。
「アーチャー?」
「…………」
「おい、アーチャー」
「…………」
「――――アーチャー?」
やばい。
こいつはやばい、とランサーの顔が気付きかけたがもう遅い。
「君はこんなものばかり食べているのかね」
「ああ……えっと」
「食べているのかね」
「はい」
規則正しく返事をしたランサーに、睨むように鋼の瞳で見据えてアーチャーが唸る。
「ちょっと待っていろ」


「美味い」
当たり前だ、と言うかのようにアーチャーが胸を張る。
ランサーをテントに置いて商店街まで買い物に出かけたアーチャーは、足早に帰ってくると買ってきた材料でさっさとてきぱき料理を作ってしまった。それも、男の料理といった大味なものではなく。隅々まで心配りの行き届いた手料理を。
「……全く君は。少し私が目を離すとすぐこうだ」
ふん、と鼻を鳴らすアーチャーに、ランサーは料理をぱくついていた手を止めて。
「なら、おまえが傍にいてくれよ」
「ん?」
「だから、傍にいてくれればいいんだって。オレの傍に、ずっと、おまえが」
……ん?と首を傾げるアーチャーの目の前で、かつかつかつ、とランサーはアーチャーの手料理を平らげ。
「あー、美味かった」
寝る!と宣言し、何故だか、アーチャーに向かって、変則ヘッドロックのようなもの、を。
「――――わ!?」
当然どっさ、という音と共にアーチャーは布団の上に体を投げ出される。続いてじんわりとランサーの体温が染み渡ってくるのを感じて慌て出した。
「こ、こら……ランサー!?」
「腹が一杯になったから寝るんだよ。おまえも観念して、今夜は泊まってけ」
「こ、困――――る! 凛も待っているのだし、」
「ああ? ほんっとおまえ嬢ちゃんについては過保護な。んなの、明日になってでも連絡いれときゃいいじゃねえか」
嬢ちゃんだってもういい年だし、というのに、アーチャーは尚も慌てながら。
「と、泊まる、など、困、る、」
「なんで」
「だ、って」
「だからなんで」
「こういうの、は……」
「聞こえねえ」
ひそひそひそ、とつぶやかれた答え。


はずか、しい。


無言になって、ランサーは。
「恥ずかしくねえよ」
そっと、アーチャーの目蓋を覆っていたのだった。



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