ぎりぎりぎりぎり。
「痛い痛い痛い痛い!」
クランの猛犬、クー・フーリンと。
征服王、イスカンダル。
その両者によって腕を思いっきり引っ張られ、凡人から成り上がりの英雄エミヤは苦痛の声を上げていた。


聖杯のエラーによって呼び出された第四次聖杯戦争のメンバー。
セイバーとギルガメッシュを除く面子で構成された彼らはそれぞれの生活を謳歌していた。特にこの世を好んだのはイスカンダルだ。
何しろ第四次からやりたいことをし放題にしていた節がある。その当時のマスターは苦労したことだろう、さぞかし。
それは置いておいて、一体何故エミヤことアーチャーが大岡裁きもどきに遭っているのかという件である。


『おお、なかなかに余の好みの輩よ! よしよし、我が物になれ!』
と。
第五次聖杯戦争メンバー、クー・フーリンことランサーとアーチャーが向かい合ってその、何だ。
恋人がするべきことをしよう、としていたところに現われたのが彼であったのだ。
この邪魔者めとランサーは怒った。当然である。そして彼を排除しようとしたが、「まあ待て」と征服王は言った。
『ここはひとつ、ニホンの作法に従おうではないか。力の限りで略奪することも余には出来る。だがしかし』
にやぁ、と笑みを彼は浮かべて。
心底楽しそうな、笑みを浮かべて言ったのだ。


痛い痛い痛い、本当に痛いからやめてほしい。
相当の筋力を誇るふたりに左右から引っ張られ、体が裂けてしまいそうだとアーチャーは思った。かといって余計なことを言えば別の意味で体が裂けちゃうのぉらめぇぇぇ状態に持ち込まれるかもしれないこと請け合いだったのでやめておいた。
本当にマジでふたりがかりで裂けちゃうのぉとか無理だから。
エロ同人みたいに!エロ同人みたいに!
じわり、と何だか体が反応して涙が滲んでくる。
「――――ッ」
それを見たランサーの手から少しだけ、力が抜けた。
「……や、べぇ……っ」
すかさずじりじりとイスカンダルの方へと引き寄せられていくアーチャーを、ランサーは慌てて引き寄せよう、として。
「…………おっと」
「ラン……サー……?」
手を離されて、ぽすんとイスカンダルの胸板へ身を預けられたアーチャーは涙目を丸くしてランサーを見る。
顔を伏せ、離した手を――――白い手をたった今まで全力を込めていたことで赤く染めた、ランサーを。
「――――駄目だ。出来ねえ」
「貴様、何故手を離した?」
ゆっくりと、イスカンダルが問う。それに顔を上げてランサーは。
「好きな奴を泣かせるなんて男のやることじゃねえ。だから手を離した。それだけだ」
「…………」
「ランサー……」
瞬きをしたアーチャーの鋼色の瞳から涙がひとすじ、伝い落ちた。それをイスカンダルは見た。
見て。
眉を、寄せて。
「え……?」
ランサーの元へと、アーチャーの背を押していた。
「君……一体、どうして」
「略奪は余が好むもの。しかし、愛する者からあえて手を引いたという男の信念をあえて踏みにじるほど腐ってはいないつもりなのでな」
「……だったら、最初からそうしておけよ」
ぎゅっと強くアーチャーを抱きしめてイスカンダルを睨み付けるランサーに、彼は明るく笑うと。
「いやいや。まさかここまで相手が男だとは思っていなかったのでな」
「……彼を、侮るな。征服王」
アーチャーは言う。ゆっくりと、しかし確かに。
「彼は、私の愛した人でもある。だから、侮って見るな。侮ってかかるなよ、征服王」
「これはこれは! ……あてられたものよ、余もな!」
呵々大笑して笑うは征服王。けれど彼が今回挑んだは負け戦だったのだ。
「互いに互いを大事にするが良い。余のように横から手を出すものがまたいつ現われないとも限らんからな」
「んなもん、言われなくたってわかってらあ」
ランサーが言えば、またイスカンダルは笑う。
響くような笑い声だった。
「良い良い、威勢のいい男よ! こやつが相手ならば幸せになれるな、おまえも!」
「…………ッ」
「アーチャー?」
「し、知らん!」
ランサーを突き飛ばして逃げようとするアーチャーだったが、さらに強く抱きしめられてそんなことは叶わない。だから、顔を真っ赤にするしかないのだった。
「何だかんだあったが、丸く収まってよかったな。……“オレの”アーチャー?」
「……たわけ」



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