「アーチャー、腹が減った。次のおかわりを頼む」
「……マスター。もう十杯目のおかわりになるぞ? 箸休めとして杏仁豆腐でも食べたらどうだ? ほら、同じ豆腐なことだし」
「いやだ。あれは辛くない。むしろ甘い」
「……デザートだからな、それはまあ」
甘いだろう、と眉を八の字にしてアーチャーが言えば、言峰はマーボ!マーボ!と机をダンダン叩きながら、
「おかわりを持ってこないと私は死ぬ。それでいいのかアーチャー」
「わかった。わかったから、その年で机をダンダンするのはやめてくれ、マスター」
豆腐ということでごまかしてデザートに持ち込み、そのまま昼食を終了させる気だったのだが……とアーチャーは思いつつエプロンの紐を結び直してキッチンへ向かう。その光景を柱の傍から見ている男がいた。
「あのクソダニ神父が……」
ランサーである。
「ったく何考えてやがるんだあのクソダニ神父は、麻婆狂いか? まあそうなんだろうな。うん、それはそうだ」
それについては異議なし。ランサーの頭は次の議題をクリアすることに向かって走り出す。最速の英霊のごとく、相当にスピーディーに。
「このままじゃアーチャーの心労がピークに達しちまう……あいつが倒れたらあのクソダニ神父どうしてくれるんだ? 責任取ってくれ……るわけがねえだろうなあ」
身長150センチ前半のアーチャーが病んでいく様子を想像すればランサーの心労もまたマッハで加速。かわいそう、ああかわいそうかわいそうに。
今すぐキッチンに行って、飛んでいって抱きしめてやりたいがキッチンは香辛料スパイス主に唐辛子ときどきハバネロの刺激で満ち満ちているだろう。うかつに飛び込めば死ぬ。目がどころでなく存在自体が死ぬだろう。座に帰ってしまう。
ランサーは一度言峰仕様の麻婆豆腐を知った男である、その強烈さはよく知っていた。そして思う。
なんでアーチャーはあんな刺激物を作り続けて平気なのか。ガスマスクでも付けているのか。
……ヤバい。そんなアーチャーにもキュンときた自分がヤバい。自覚はしているランサーだった。
アーチャーなら何でもいいのか……うん……割とオールオッケーもぐもぐ……。
とりあえずランサーはごそごそと己の荷物を探り始めた。そして、取り出したものは。


『よお、アーチャー』
「ん? ランサーか。君、それにしたって声が妙にくぐもっ……?」
振り返ったアーチャーの顔が微妙な感じになる。シュコー、シュコー。
「ランサー……君、それは新しいファッションなのかね」
『いや。こいつは防護服だ』
ガスマスクだけでは心許なくて、一式そろえた体全体を覆う防護服。言峰流麻婆は肌からも染み込んで神経をずたぼろにしていきそうだから。
『おまえさんよ、あんなクソダニ神父の言うことに従って延々とそんな毒物作り続けるこたなんてねえって。逃げようぜ、令呪の縛りなんかぶっ飛ばしてよ! オレたちなら……』
「ランサー」
防護服を全身に着込んでシュコーシュコーと怪しげな音を立てているランサーに臆せずアーチャーは歩み寄っていきながら、きゅっとその自分よりも大きな手を握る。途端、ランサーの心臓がどくんと音を立てて跳ねた。
『アーチャー……』
「ランサー、駄目だ。駄目なんだよ、彼を捨てて行くなど私には出来ない。十年間一緒にいたんだ、介護してきたんだ。私がいなくなったら彼は……」
『…………』
今、介護って言わなかったか?
それは置いといて。
『駄目だアーチャー! それは駄目男を見放せない女の心理だぞ!』
「いや、それは違う。私が彼に抱いているのは単に……」
「単に何なのだね? アーチャー」
『ヒャッ』
ランサーが突然の背後からの声に飛び上がる。きっと防護服を着ていなかったら同時に後ろ髪がびよん!と跳ね上がっていただろう。
「そしてランサー。その怪しい格好は何かね? 変質者のパーティーにでも行くのか?」
『てめえに言われると何十倍もムカつくなあオイ……!』
「それならアーチャーはどう思ってるか聞いてみるかね?」
『ハァ!?』
ばっ、と。
ランサーがアーチャーの方を見てみると、複雑そうな顔をしたアーチャーがそこにいて。
「あ、その、ランサー。私は特にそんなことは思わないし……その衣装、君によく似合っていると思うぞ?」
気を使われました。
『いいんだよありのままを言ってくれりゃ!』
「かっこわるい」
『てめえに言ってねえんだよこのクソダニ神父!』
「キモい」
『だからてめえには言ってねえって言ってるしその言い方が余計ムカつくなあ、ああおい!?』
「光の御子が防護服……しかもその上普段の服が全身タイツ……プッ」
『ああああああムカつくあああああ!!』
しゃらん、とランサーが魔槍を取り出せば、神父は笑って両手を広げる。さあ、飛び込んでいらっしゃい!というかのように。
「やれるものならやってみればいい、しかしだなランサー。おまえには私の令呪が聞いているはずだぞ? “主替えの命令に賛同せよ”というものが。まさか、それを破って主である私に攻撃が出来るかな?」
『んなもん自爆覚悟で破ってやらあ!!』
「ランサー!」
その腰にぎゅっ、と抱きつくアーチャーの姿があって。一瞬驚愕して固まったランサーがそろそろとそこを見下ろしてみれば、ふるふると首を振る愛しい……。
「駄目だ。君がいなくなったら……私は……」
『はいやめます』
「ははは! これは面白い、光の御子殿は将来嫁の尻に敷かれること請け合いだな!」
『うるせえクソダニ変態神父!』
そんなふたりの喧嘩を、どこか安心した様子で見守るアーチャー、なのでした。



back.