「……君が……」
「ん?」
「君が、それなりの少女趣味だとは思いもしなかった」
むしろむやみやたらな露出を好むタイプだと。
つぶやくアーチャーの穿くのはそれでもミニスカートで、すらりと伸びた足がよく目立つ。タイツは黒の厚手、端にピンクのリボンが彩られていた。
「少女趣味……かあ? 嬢ちゃんのもんを借りてきたんだぜ?」
「なるほど、だからこんなに丈が短いのか。それでも少女趣味だろう。新都辺りに行けば君の好みに値するボディ・コンシャス……というのは古すぎか? まあとにかくだ、そのような過激な服が売っている店もたくさんあったぞ? それなのに何故」
チャンスだったのに。
噴水がさあさあと水をまき散らしている。辺りには家族連れやカップル、所謂リア充たちの集まり。
その中の一団と化したカップル、つまり恋人同士のランサーとアーチャーは手に手にクレープを持って、そんな会話をして、いた。
事の発端はとある宴会でのゲーム。
『私が勝ったら言うことを何でも聞いてもらう。逆に君が勝ったら……』
『おまえが何でも言うこと聞いてくれるってことか。なるほど、そりゃいいな。よし、勝負だ!』
アーチャーは勝つ気だった。けれど負けた。ラックE同士の戦いで、勝利の女神は事もあろうにランサーに微笑んだのである。しょぎょうむじょう。
『よっしゃ! じゃあな……』
「おい、アーチャー」
意識をぐいっと現実に引き戻される。あ、ああ?と顔を上げれば至近距離にランサーの顔があって、思わず地面から足を離しかけた。
「って、おいおい!」
危うく水中に落下しそうになるところを、ランサーに腰を抱かれてアーチャーは事なきを得た。女神。女神は気まぐれらしい。勝負ごとにおいてはランサーへと味方したくせに、こんなところでひょいっとアーチャーに味方してくれる。
凛に貸された服が噴水の水でびしょびしょとなれば彼女の怒りは必死だ。いや、怒りは全てランサーに向かうだろうがしかし……。
「よし、っと」
どこも怪我してねえな?服も破れてねえな?
腰の両脇を持って抱きかかえ、ぱんぱんと軽く体を叩いて確かめたランサーはうん、と一度アーチャーの全景を認めて頷いてみせる。
「何ともねえ。オールオッケーだ」
そう言ってにっかりと笑ったランサーに、ふとアーチャーの心臓はときんと可愛らしく跳ねたのだった。
「さあ、今日はどこに行きてえんだアーチャー? どこにでも思いのままだぜ。好きなところを言ってみな」
“君の行きたいところでいい”
言ったことは、たぶん間違ってはいなかったと思うのだけど。
「よーっし、連続ストライクーっ!」
がろんがろんがろん、ピンが倒れて吸い込まれていく音を聞きながらガッツポーズを取るランサー。派手に快哉を上げて席に腰かけたアーチャーへと手を振ってみせるのを周囲の人はあからさまな目で注目して見ていた。
「アーチャーっ、オレの活躍見てたかー?」
「…………」
声もなく、こくこくこくと連続で頷くことしか出来ないアーチャーに、きょとんとした目をしてみせるランサー。それで限界になって、アーチャーは下を向いてしまう。恥ずかしい。楽しいけど、恥ずかしい。
とにかくランサーのすることなすこと派手で派手で、一緒にいるアーチャーは誇らしくもあるが恥ずかしくて仕方なかった。微妙なさじ加減に乗った感情。
スプーン一杯分の矜持と羞恥と。混ぜ合わせて飲んだらきっと変な味。
「……つまんねえ?」
「…………」
それにぶんぶんぶん、と今度は首を左右に振る。ランサーは後頭部を掻きながら、そっか、と、何とはなしに納得した様子で言ってくれた。
だからアーチャーはほっとする。彼を傷つけることはなかった。けれど。
「よし、じゃあ腹も減ったし何か食いに行くか!」
「、」
手を引かれ、立ち上がらされて。
笑顔が近くなり、鼓動も自然と早まるのだった。
「…………」
自分の前に置かれたアイス・生クリーム・フルーツ・カラースプレーてんこ盛りな大きいパフェと、ランサーの前に置かれた湯気を立てるブラックコーヒーを、アーチャーは無言で取り替えてやる。
「お、サンキュ」
その行為に特に疑問を持った様子もなく、ランサーはさっそくパフェをパクつき始めた。仕方ない。
大柄でがたいもそれなりの男と、背も低く年齢も低めな少女がいたらそういうオーダーだと思うだろう。ウェイトレスに罪はない。
「……いか?」
「は?」
突然耳に飛び込んできた声にアーチャーは慌ててカップから顔を上げた。アメリカンの苦味が舌に残っている。
「だから、これからゲーセンコースでもいいか? って聞いたんだよ。もー、ちゃんと人の話聞けよなー、おまえ」
「あ、ああ……」
別にどこでもいいのだ。ランサーが楽しめれば。
うんうんと納得し、パフェに取り掛かり始めたランサーを置いて、アーチャーはまたカップに口をつけた。やはりアメリカンは薄く、熱く、そして苦かった。
「ち、ちゅー……?」
「そ。ちゅーぷり、ってんだとよ」
“キスをしてプリクラを撮りませんか”と。つまりはそういう誘いである。しかしアーチャーは拒否したかった。それだけは。それだけは断固阻止したかった。プリクラも恥ずかしいのにキスをしてだなんて。密室だけれど、垂れ幕一枚を隔てただけで外界と容易に繋がる場所での、キスをしてのプリクラ撮影だなんて。首を横に振ろうとしたアーチャーだったが、ランサーがあまりにも期待に満ちた瞳をしているので。
『はい、チーズ☆』
カシャリという音が鳴って、画面にはランサーの頬に必死といった様子でくちづけをするアーチャーの様が映っている。そこにタッチペンで「デート記念!」だなどと描きながら、ランサーはにまにまと機嫌が良さそうに笑んで、「いい記念になった」だなんて言っているから。だから。
だからいいかな、だなんて、結局はランサーを甘やかしてしまう、アーチャーだった。
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