「あら、慎二じゃない。……隣にいるの、まともな人間じゃないでしょ? これだけ離れてたって気配を感じるわ」
「サ、サーヴァント……なのか、遠坂!?」
黒い髪を結い上げた少女――――遠坂凛の言葉に、傍らの少年――――衛宮士郎が驚く。
凛はその過剰すぎる反応にやや呆れ、まあいいかと現状に戻ることにした。
「あんたが呼び出したにしては随分と立派なサーヴァントね。いきなり襲い掛かって来ない辺り、よく躾が行き届いてるみたい。一体どうやったわけ?」
「ふ……ふふ」
慎二、と呼ばれた。
少年は、小さく笑いを漏らし。
「ふ、ふふ。あはは、はは! そうさ、僕にかかればサーヴァントを完全に操るなんて造作もないことなんだよ! 残念だね遠坂、ついでに衛宮。おまえたちはさ、今ここで僕の呼び出したサーヴァントに殺される運命なんだよ! 絶望の中で死んでいくといいさ! さあ、行けアーチャ……」
「マスター」
最後まで慎二が言う前に、隣の男が声を発した。へ?と間の抜けた声で答える慎二。
「張り切るのはいいが、昨日練習した段取りと少し違ってはいないか? ここは“絶望の中でもがき苦しみ、助けが来ないことを自覚しながら死んでいくといいのさ”……ではなかったかと」
「うっ、うるさいなあっ! いいんだよ別に、少しくらい違ってたって! それにそこは削るって決めたんだよ! あんまり長い間ベラベラ喋ってたらあいつらに逃げられるかもしれないだろ!?」
「だが、しかしな? この脚本は君が夜なべして書き上げたものじゃないか。私の夜食を友に……」
「う、うるさいうるさいうるさーいっ!」
「…………」
「…………」
ひゅるりら、と夜風が吹く。
「えーと、何かしらアレ。オカン……と、駄目息子?」
「何だろう。すごく俺……あいつに近いものを感じる」
「うるさいなあっもうっ!」
ちまちまちまちまと愛ある小言を受けていた慎二は、ぼしょぼしょ言い合う同級生たちに向かって振り返る。その顔は真っ赤だった。
「どうしたのかな、マスター? 顔が赤いぞ? 熱でも……?」
「熱じゃない! 熱じゃないから顔近付けるな! 額当てようとするな! 顔近付けるなぁっ!」
「……オカンと息子ね」
「うん」
何だかきゅんとするものを感じる、凛と士郎だった。
「ねえ慎二、あんたのサーヴァントってオカンのサーヴァント?」
「そんなサーヴァントがいるわけないだろ!?」
「いくら出したら家に出張してくれる?」
「と、遠坂……」
「だって羨ましいじゃない! あんな慎二に尽くしてくれるのよ!? だったらわたしなんか相手にしたらそれはもう二倍効果じゃない!」
「……済まない、私はこのマスターに仕える者でね。他のマスターに身を譲るわけには行かないんだ」
「なっ」
「えっ」
「えっ」
若人三人の絶句。
一番に立ち直ったのは慎二で、真っ赤になったままお母さんやめて!な勢いでその概念武装を引っ張りにかかる。
「は、恥ずかしいこと言ってんなよっ! そ、そ、そんなこと、言われたって僕は、」
「やはり私などでは不満かね? マスター」
「卑怯だぞ! その顔は卑怯だ! いいからすぐに止め……って、おいアーチャー。なんで口元が笑ってるんだ」
「ん? ああ、いや別に。思い出し笑いだ、気にすることは」
「おまえのそういうところが僕はその……嫌っ……嫌い……嫌い、じゃないけど、苦手なんだっ! 僕がまだ高校生だと思ってからかいやがって! 気にいらないんだよっ! ああもうチェンジ! チェンジだ、チェン……」
「…………」
押し黙ってしまった目の前のサーヴァントを見て、慎二は、え、と凝固した。え。え。え。
「な、何黙ってるんだよ。ハァ? もしかして傷付いたってわけ? 一丁前に? 仕方ないね、そんな真似したって僕の心はそよとも靡かないのさ、」
「…………」
「僕が悪かったです!!」


「……なんか腹立ってきたわ」
「お、落ち着け遠坂」
「驚いたし羨ましいし。なんなのあのリア充共。爆発し」
「落ち着け遠坂。あいつらの関係は」
正面からがしっ、と、凛の肩を掴んで士郎が言うには。


「あいつらの関係は、オカンと駄目息子だろ? リア充なんかじゃないぞ」
「…………」
ひゅるりら、再び風が吹いた。
「……そうね」
「……そうさ」
生温い微笑みを浮かべてきゃんきゃんと仲良く喧嘩しな、な主従を眺める凛と士郎。
「とりあえず」
――――帰ってもいいかしら?
あとやっぱり慎二は爆発しろ。
笑顔で凛がつぶやくのも聞かず、顔を赤くして己がサーヴァントに食ってかかっている慎二だった。



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