「おまえからのくちづけが欲しい」


直球だった。
曲がりようのない、まがいようのないド直球だった。
それを真正面から聞いたアーチャーはポカンとした顔になってから、はく、と口を開け、一気に顔色を変えて、さああああと赤くなって、手にしていた洗濯物を取り落とした。
「おっと」
それを最速の速度で拾い上げた世紀の大告白をした男――――ランサーは元通りアーチャーの手へと返してやる。
「あ、ありがとう」
しっかりきっかり正しく礼を言ってアーチャーは赤い顔のままそれを受け取り、はっ、という顔になった。
「違う!」
「は?」
何が違うよ、と再び落とされそうになった洗濯物をアーチャーの手ごと押さえてランサーは首を傾げた。
そのままアーチャーの顔を覗き込むように体勢を変える。
「なあ。何が違うよ」
「〜……――――ッ!」
絶句したアーチャーは無言で。
「いてっ」
びたん、と見事な平手打ち、ビンタを顔に食らっておいてあんまりにも痛そうではない声を上げたランサーに、アーチャーは。
「な、な、な、な、何なんだ君は!」
「おまえのこいびと」
「そういうことを聞いてるのではない!」
じゃあどういうことだよ、と真面目ぶって端正な顔でランサーが言うのに、アーチャーはますます赤くなっていく。そしてまたビンタを一発。
「おっと」
しかし今度はそれは易々と避けられた。しかも振り被った褐色の手首は白いてのひらに捉えられてしまう。ぱしんっ、と軽い音。
はっと見開かれた鋼色の瞳にこれも易々と視線を合わせて、ランサーは「なぁ」と言ってみせた。
なぁ。
「なぁ、おまえ、自分からするのそんなに嫌か?」
アーチャーは息を呑む。ずるい。反射的にそう思った。何がずるいのかはわからないけれど、ずるい。どうしようもなく目の前の男はずるい、と。
なのに、自分でそれをわかっているだろうに、わかっていない振りをする。ああそうか、それがずるいのか。それだからこの男は。
「呆けてんと、オレからすんぞ」
いつもみてえに。
はっとその言葉にアーチャーは我に返って、
「だーから」
「ぐ……」
みしり。褐色の手首が軋む。
先程よりも強い力で掴まれた手首は今さらながら少しばかりの苦痛、痛みをアーチャーに訴えて片側だけの目元を軽く引き攣らせる。だが、素直に「痛い」など、と体のように正直に訴えるのは無様だ。少なくともアーチャーはそう思う。
だから視線だけでランサーを睨み付ける、そうすればランサーは手首を捉えたままでため息をついて。
「ったく、こいびと同士だってのに嫌われたもんだねぇ。……アーチャーよ」
「何だ」
「そんなに嫌か?」
深。
しん、と声が深さを帯びた。その温度に、まなざしに、アーチャーはぞくりと背筋を駆け抜けていくものを感じる。嫌か。そう静かに問うたランサーは本気だ。この男は嘘を吐かない、と身を以ってアーチャーは知っている。それだからアーチャーも嘘を剥ぎ取られていってしまう。次々と裸にされていって、最後の鎧である恥じらいさえもいつしか取り上げられていくのだ。やめろ、いやだ、と口にするのは口だけだとアーチャー自身がそれを知っていた。
怒涛のように、沈黙が体を叩く。
「……じゃない」
そうだ。
「嫌、じゃない」
そうなんだ。
アーチャーは自分の中で噛み締めながら、少しずつ静かに口に出していく。確かめるように。身に纏うように。
ランサーによって裸にされた自身に纏わせていくように、その言葉を口に出していく。
「決して嫌では、ないんだ」
ランサーはそんなアーチャーを見て、どうしてだか眩しげな顔をした。


「……じゃあ、してくれよ」
不意に笑ってからランサーはアーチャーから身を離し、目蓋を閉じる。そうすれば端正な面持ちが余計に美しさを増す。瞬きをすることでそれを確認して、アーチャーは自分からランサーへと顔を近付けていった。


――――ちゅっ。


「し、した、ぞ!?」
「え」
ランサーが驚いたような声を上げる。けれどアーチャーはごしごしとランサーの頬に触れたばかりの己の唇を拭い、真っ赤な顔のままで立ち上がる。
ランサーの片手に収まった洗濯物はすかさず奪い取っていた。
「くちづけはくちづけ、だ、ろう!」


「――――ありゃあ、卑怯だろう」
ばたばたばた、と足音高く逃げていったアーチャーの姿を脳裏に描いて、くっくっとランサーが笑っていたのを知っているのは本人ただひとりだけのこと。



back.