あいつの様子がおかしい。
笑わなくなった。口数も減った。
最初は、関係を持ち始めた頃はそんなじゃなかったのに。
考えても理由がわからない。かといって直接的に聞くわけにも行かない。
だって、あいつはそういうのにひどく敏感だ。
そう思って我慢していた。
だけど。
そろそろ、自分も限界だ。
「なあ、アーチャー」
「ひ……っ」
曲がり角、不意にばったりと顔を合わせた。
咄嗟に引き返そうとした奴の腕を掴めば、驚いたことにそんな声を上げたのだ。
引き攣った、怯えた、何でもいい。とにかくそんな好ましくない声。
「アーチャー、どうしたんだよ。オレなんかしたか?」
顔を覗き込むようにしてたずねてみるが、奴は顔を伏せたまま上げようとしない。
腕を離さないままに次ぐようにたずねる。
「なあ、アーチャー。何かあるんなら言ってくれ。直す。出来る限りなら、オレは直すからよ。だから言ってくれ。このままなんて、そんなの生殺しだ」
「……ぃ」
「は?」
また、奴はびくっとして。
「な、ぃ、」
「何だって?」
「……き、みは、悪く、ない、」
じゃあ何だっていうんだ。
そういう意味合いの雰囲気を乗せて見つめてみると、ぼそっとした声で奴は。
「私、が。私が、悪いんだ。君に、相応しく、ない。君の傍に、私、は、いられない。だから、」
「は!?」
大声に、奴は当たり前にびくんとした。だが離すわけに行くか。
「何言ってんだおまえ。相応しくない? そんなこと、いつ、誰が言った?」
「わ、私が、」
そう思った。
などと言うので、頭に来た。
「勝手にひとりで決めてんじゃねえ! おまえはオレに相応しい。何しろオレ自身が選んだんだ、そうじゃねえはずがねえだろう?」
「で、でも、」
「でもじゃねえ」
「だけ、ど、」
ああ、もう、苛々する。
「ん……!?」
柱に押し付けて、その唇を奪う。ちょっと頭がゴンとか言って、唇が切れたかもしれないが気にしない。
長々と、舌まで入れてその唇を堪能してやってから、ようやっと解放してやる。すると奴はとろんとした、うっすら涙の膜の張った瞳で、
「らん、さぁ……?」
「いいか、持て」
「なに、を……」
「自信をだ。オレに愛されてるっていう、自信」
「そ、んなの、」
「無理だとか無茶だとか言うなよ。言ったらもういっぺんするぞ」
「…………ッ」
すみやかに奴は黙った。そんなにしてほしくないのかと思ったらちょっとがっかりした。
それはおいておいて。
「なあ、オレはおまえの笑顔が見たい。おまえと喋っていたいんだ。どんなくだらないことだっていい、話そうぜ。それでおまえが笑うのが見たい。簡単なことなんだよアーチャー。出来るだろ?」
「…………」
「本当に、簡単なことなんだ」
そう。
それはとても、簡単なこと。
「オレはおまえがいねえと駄目になっちまうんだよ。な、知ってたか? オレだって完全だってわけじゃねえ。依存してるんだ、とっくにおまえにな」
「え……?」
「おまえが消えたら、オレは嫌だ」
このままだと、きっと奴は――――アーチャーは自分の前から姿を消して、自分は物凄く落胆する。
だから。
「自信を持って、オレの傍にいてくれ。アーチャー」
プロポーズのような心持ちで、オレは奴にそう告げた。
奴は目を丸くして。
黙ってから。
こくん、と小さくではあったが、頷いてみせたのだった。
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