力が入らない。
息は上がり、汗が溜まる。
苦しい。
――――苦しい。
「まるで、生贄のようだ」
そう言って、日頃悠々としていた男は生臭くぺろりと自らの唇を舐めた。
燃えるような赤い髪が、やけに印象に残った。


はあ、はあ、は、はあ。
継ぐ自らの息が、喧しい。騒がしくて、苛々する。
「苦しいのか?」
「君のせい、でね、」
「そんな」
様になっても、まだ戯れを吐くか。
そう言って、男は楽しそうに笑う。
そんな風に遊ばれても、本当のことなのだから仕方がない。回路を、壊したのは男だ。
ずたずたにして引き裂いて。痛くはないけれど、ただ、苦しい。
息を継ぐのでさえ精一杯。やたらと吐くそれが熱くて馬鹿みたいだ、と思った。
本当は。
どこもかしこも、熱かった。
「どれ」
「ん、んんっ」
けれど、触れてくる手の方がもっと熱い。何故だろう。どうして。
そんな疑問も蕩かしてしまいそうなほど、男の手は熱い。
真っ赤な髪のように、炎のように、熱い。
マスターは。
蕩けかけた頭の中で、思う。
マスターは、大丈夫だろうか。自分が傍にいなくて、大丈夫だろうか?
思った端から思った。こんな体で傍にいたとしてもどうしようもならない。ただ、邪魔なだけ。
「……や、め」
「熱いな」
獣じみて男が笑う。赤い髪の色が目端に焼き付いて離れない。痛い。目が、網膜が、痛い。絡み付く赤色。ずきずき、する。
「儂の……いや、俺の。壊した体は、辛いか」
“俺”。
聞き慣れていない一人称を、ぼうっとしかけた頭で聞いた。
そういえば。思う。
この男は昂ぶった時、そんな風に自分を呼んではいなかったっけ。
「苦しいか? 辛いか?」
「全、然、」
「嘘を吐くな」
笑われる。本当に楽しそうに男は笑う。赤く燃える髪。
炎が傍にいるようで、苦しくて、息をするのも辛い。
だから意地を張った。吸い込む吐息さえ熱くて熱くて辛かったけれど、だけど意地を張った。
肺が、焼け焦げてしまいそうだったけれど。それでも。
それでも、マスターのためならと。
彼/彼女のために、意地を張った。
「たまらんな」
男は、尚も笑う。
「引き裂いてしまいそうになる」
……ぞっと。
背筋を、駆け上っていくもの。
それは、“殺される”という恐怖に似たものだ。
それでも虚勢を張る。男を睨み付ける。そうすれば男は“たまらない”という言葉の通り、実に楽しそうに笑った。命を奪う、それが。
本当に男に取っては、楽しいことなのだろうか?
「……アサシン」
暗殺者。
命を奪う、殺戮者。
「…………」
名を、クラス名であったが呼ばれたことに、男はきょとんとした顔をしてみせる。
それから。
「いい声だ」
くつり、と。
楽しそうに、楽しそうに楽しそうに楽しそうに、笑ってみせた。
今までで最高の、それは笑みだった。
熱い男によって、触れられたことによって、融かされていく。思考も体も何もかもも。



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