私は、おかしいんだと思う。
私は、頭がおかしい。
わかっている。こんなの錯覚だって。思い違いだって。だけど体が思うんだ。願うんだ。反応するんだ。
彼の子供を宿したいって。
だからこんなことになったんだと思う。最近、腹が膨れてきた気がした。何だか中から蹴られているような感覚もするし。
きっと私は、彼の子供を宿した。
私は、気が狂っているんだと思う。本当に本当に、狂ってしまったんだと思う。
だけど心と体は反応するんだ。中に注がれるたび、疑念は増えていくんだ。
彼の子供を、宿してしまったって。
わからないんだ。錯覚なのか、本当なのか。悩む私は狂っている。男のくせに妊娠するなんて有り得ない。
それでも抱かれすぎた。私は彼に抱かれすぎた。だから、妊娠してもおかしくない。
ほら堂々巡り。ぐるぐる回って結局は元の位置に戻る。最悪の思考の元に辿りつく。
私は彼の子供を宿した。
「アーチャー、あんた最近様子がおかしいわよ? 体調でも悪いの?」
あんなに好きだった料理もしないし、と凛は心配そうに言う。うん。体調が悪いんだ。
食べ物の匂いを嗅ぐと吐きそうになるんだ。これはきっとつわり、というものだろう。
……怖い。想像すれば、体中に震えが走る。これは想像、フェイク。私の得意とするフェイクだ。それでも信じてしまおうとする自分がいる。心の奥底の、深いところに……。
「――――っ」
「ちょっとアーチャー? アーチャー!」
他人が調理する匂いでさえ駄目になって、そのまま居間を駆け出した。廊下を走り抜けて隅に隠れてはあ、とため息をつく。
私はおかしい。
私は頭がおかしい。――――でも、不安なんだ。
本気でランサーとの子供を腹に宿していると思い始めている自分が。いや、もう始めてしまっているのではなくて、思い込んでしまっているのかもしれない。
でなければさっきの反応は何だ?食べ物の匂いですら影響を及ぼすなんて。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
誰に相談すればいい?誰にも出来ない。ランサーに、でさえも。
彼の精を中に出されすぎて、私は彼の子供を妊娠した。そんな異常な考えを浸透させていく自分がいてたまらない。恐ろしくてたまらない。
不安だ。怖い。どうしよう。どうしよう。どうしよう?
誰か助けてくれ。誰か。……ランサー。
駄目だ。こんなこと相談出来ない。出来るものか。頭がおかしいと思われるに決まっている、いや、私は既に頭がおかしくて――――。
ああ、もう、何もかもわからない。
彼に嫌われるのが、とにかく私は一番怖い。
「アーチャー……」
背後からかけられた声にびくん!と体が震える。これは。
「おまえ、どうしたんだよ。嬢ちゃんが心配してたぜ? 様子がおかしいってよ」
ランサーの、声だ。
「なんで、もない、」
「それが何でもねえって声かよ」
彼さえも心配するような声を出して、私の腕を掴もうとしてくるから。
「っ……やめてくれ!」
私はその手を振り払った。触れてしまえば、体温に負けるから。
結果、彼はとても傷ついた顔をした。ずきん。私の心も同じくらい傷つく。でも、ランサーの方が辛いはずだ。
私なんて。私の痛みなんて。単なる錯覚なんだ、そうだ全部全部全部全部。
だからランサー、いけないよ。
私を心配なんてしたらいけない。
私は頭がおかしいんだから。
「……君に話せることなんて、何もないよ」
わざとひどい言い様で、私は彼を遠ざける。ずきん。ずきん。心が痛い。
それでも彼に嫌われてしまわなければ。男のくせに妊娠したなんて頭がおかしいこと、打ち明けることなんて出来ない。
耐えよう。ひとりで、独りで耐えよう。この恐怖に。不安に。
あ。また、蹴られた。存在しないはずの胎児に、腹を。
何がいる?一体この体の中に何がいるんだ?わからない。
いっそ掻っ捌いて確かめてみようか。そうすればさすがにわかるだろうし、運が良ければそのまま死ぬことだって出来る。
なぁ、だってもう堪えきれないんだ。怖いんだ。不安だよ、ランサー。君に傍にいてほしい、だけど出来ない。
私は頭がおかしいから。私は狂っているから。だから太陽のように優しい君に、眩しい君に、傍にいてもらうことなんて出来ない。
「アーチャー」
「話すことなんて、何もない」
不安だよ。
怖いよ。
誰か私を助けてくれ。
怖くて怖くて仕方ないのに、一部で悦んでしまっている私もいるんだ。
彼の子供を宿したということで、繋ぎ止められると。
彼を私に永遠に繋ぎ止められると、惑ってしまっている私もいるんだ。
なあ、誰か――――。
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