“場所は? 君の部屋でも私の部屋でもいいが?”
(……んなこと、言ってたくせに)
“そうか。ならば、私の部屋で。……生憎と、何もない歓迎も出来ない部屋だが”
(貼り付いた笑みで。皮肉な面しやがって)
“――――さあ。先に。大丈夫だ、扉の鍵はきちんと閉めよう”


その指先が震えているのに、気が付いてしまったオレは馬鹿だ。


「ま、まく、らを」
「枕?」
ほら。声でさえ震えてる。
「あ、いや。枕は、必要、ない。――――いや、ある……のか?」
「なんで」
「ええ、と。腰に……当てる?」
「オレに聞かれてもよ」
確かにこの体位で抱くにゃ腰にクッションじみたモンを当てた方が受け入れる側は楽だよ。ていうか何でおまえそんなこと知ってんだよ。生娘のくせに。
いいか断言してやる。おまえは絶対生娘だ。
「あ、いや……それより先に、電気、を」
「悪いが、そんな暇はねえよ」
「……どうして?」
真顔で聞くか、真顔で。褥で。睦言の間に。色気がねぇな。体っからは色気出しまくってるくせに言動に色気が致命的にねぇ。
ああ、見てるとこっちまでどぎまぎしてくる。やべえ。おかしい。頭が茹だる。おかしくなる。同じことを二度言うほどにおかしくなる。だって変だろうが。
始める前はあんなに余裕綽々だったくせに、なんでいざ組み敷いたらここまでぎしぎしなんだよ。
ぎしぎし言わせんのは寝台の発条だけにしとけ、阿呆。
親父かオレは。
……わかった。認める。気付いてた。気は、付いていた。
かちんと音を立てて部屋の鍵を閉めたその時点で、奴の指先は、体は細かく震えていた。それを見てしまって、気が付いてしまって、オレはだけれどその事実を自分の中に沈めて重い石で厳重に封をして蓋をして、それで気付かないつもりになっていた。
オレは馬鹿だ。大馬鹿者だ。
でもって目の前の奴も、こいつも、大馬鹿者だ。
「なあ?」
「何、だろうか」
「素直に言っちまえよ。怖いんだろ?」
遠慮も何もないその問い掛けに奴は電気刑の囚人のようにびくんと体を跳ね上がらせた。それからあからさまに目を泳がせて、
「……――――怖く、ない」
「何だ、今の間は」
「溜めだ」
「一緒だよ」
そもそも声が震えてんだおおばかが!
「何も無理して慣れてる様を装う必要なんて全然ねえし。怖くも痛くもしねえから……いや、痛くはちっとするかな……まあ、そんなのオレの自慢の技巧をフル活用して上書きでチャラにしてやるくらい悦くしてやるから安心して力を抜いて」
「…………ッ」
「おい何で余計に怯える」
「……怯えて、など」
「正直に吐け」
仕方ねえ、とさわり体をなぞれば、またもや電流を通された奴は死ぬこともなく跳ね上がる。
わかりやすすぎて一体こいつはどうやって世間を通り越して生きてきたのかと心配になった。
「……から」
「は?」
「……具体的に述べられて、ああ、抱かれるのだな、と思ったら、恐ろしく、」
なった、から。
「…………」
「…………」
「……ラン、サー?」
ブランケットとやらをばさりと手に取って、オレは奴と自分の体を覆い隠すように被せる。
そうして出来た小さなかまくらのような薄闇の中で目をぱちくりとさせる奴に、
「あのな」
「……うん」
「オレは百戦錬磨だ」
「……うん?」
「だから生娘、ああ、処女な。その扱いも慣れてるし、あしらい方も自由自在だ」
処女くらいわかる、と言いたかったのだろうか、けれど肝心の単語を口に出すのが恥ずかしかったのだろうか結局は黙ったままでいた奴の体を上から下まで。
それこそ爪先から唇までをなぞりあげて、オレは意識して笑みを作り、にたりと唇を吊り上げてみせる。
「だが。……おまえは、オレを煽りすぎた」
だから優しくなんてしてやんねえ。


ばさっとブランケットの山の中に潜る。それっきりなけなしの理性はぷつんと途切れた。吹っ飛んだ。どこかに行ってしまったが、もう探す気もなかった。



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