またやってしまった。
アーチャーは落ち込んでいた。いつものことである。心は硝子。
“そうやって君はいつも獣のように! そんな獣に私は付き合う気などない!”
あれは酷かった。あれはなかった。きっと彼も、ランサーも今度こそ愛想を尽かしただろう。愛想を尽かして見切りを付けてどこか、他の誰かのところへ行ってしまうだろう。仕方ない。それは、とても嫌なことだけれど。でも、仕方ない。だって私はそれに相応しいことをしたのだから、と。
アーチャーは思って、頭を抱え込んだ。
お得意の自己嫌悪を披露して、内へ内へと潜り込んでいく。ぐんぐんと中へ。中へ、中へ中へ中へ。
だったなら言わなければいいのにと凛辺りなら諭すだろうけれど、それを言ってしまうのがアーチャーだったから。
もうこんな自分は嫌だ。
どうしようもない自分。
「アーチャー」
びくん!
聞き覚えのある声。が、した。
ぎぎぎぎ、と振り返ると、そこにはアーチャーの自己嫌悪の発端となる人物の姿。――――ランサーだ。
「ここに逃げてきてたのか、また」
そうなのである。逃げ出した先のアーチャーの隠れ場所がここだ。隅の、隅の隅の隅。
大柄な体を縮めて見えないように、誰にも見えないように。そうでなければ困る。
だというのにランサーはそんなアーチャーを軽々と見つけ出して、声をかけてしまう。
困ってしまうのに。そんなのは、困ってしまうのに。
「ラン、サー」
「悪循環の自己嫌悪でもしてたんだろ? また、よ」
ほら。
差し出されたのはいつも通りの手。だが、その手を易々と取ることはアーチャーには出来ない。
「…………」
「んだよ、」
取れよ。
ん、とさらに出されたランサーの白い手だったが、アーチャーがその手を取ることは、やはり、ない。
だって自己嫌悪。愛想を尽かされた。ランサーに、愛想を尽かされた。
そう思っているから、いるので、決してその手を取ることなど。
出来や、しないのだ。
「……バッッッカだな、おまえ」
「!?」
馬鹿、と言われた。まあ、確かにアーチャーの取った態度はそう評されて仕方がない。けれど、そんなに溜めるように馬鹿と言わなくても。
俯いていたアーチャーは俄かに傷付いて顔を上げようとして、絶句した。
「気になんぞしてねえっつの。いつものことだろうが」
ランサーの顔は、笑いすら浮かべていた平常さだったからだ。
「ラ、ンサー、」
「おまえからああいう態度取られるのは慣れてるし、オレもオレだし。だから、な? そんな落ち込むことでもねえだろ」
「で、も」
「でもじゃねえの」
ねーえーの、と間延びした口調でつぶやいて、ランサーは突如白い手をアーチャーの白い頭に伸ばした。
そしてそのまま、
「おい、こら!」
ぐしゃぐしゃぐしゃ、と掻き回し始めた。
アーチャーの抵抗もなんのその。ぐしゃぐしゃ、わしゃわしゃ、と掻き乱して好き放題にしてしまう。
「ほぉら、これでおそろい」
「は? え?」
「オレもおまえに嫌なことした。だから、これでおそろいだ」
だから、
「自分だけ酷いこと言ったみたいに思って落ち込むな。な?」
「――――」
ずるい。
と、アーチャーは思った。
そんな風に、するりと撫でて。
撫でて、かわして、あやして。
なかったことにしようだなんて、そんなことはずるい。考え込んでいた自分が馬鹿みたいだ、いや、馬鹿そのものだ、とアーチャーは思う。
そうすればアーチャーはどうにも出来ない。
こくん、と頷いたアーチャーに、ランサーは笑って、あっけらかんと笑ってまた頭を掻き回す。
それが心地良いと気が付いたのは、かなり前だ。
前の前の前から、アーチャーは白い手の、熱い手の心地良さを知っている。
「……ゃじゃ、ない、のに」
「ん?」
「何でも、ない」
嫌じゃない。
声と、心の両方で。
つぶやいた言葉は、きっと。



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