「それでは、ここに」
料理教室を開催する、と、きりりとした面持ちで少女は告げた。
そのひとことにこくり、と集まった面々が頷いてみせる。
セイバー。遠坂凛。間桐桜。ライダー。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。カレン・オルテンシア。バゼット・フラガ・マクレミッツ。
乙女である彼女たちを従え、遠坂邸の広々としたキッチンにて少女ことアーチャーはそれぞれの顔を見回し、身支度や諸々をチェックする。
曰く、セイバーは味見を控えること。
曰く、遠坂凛は慢心しすぎないこと。
曰く、間桐桜は周囲を見てやること。
曰く、ライダーは材料を切るのに例の短剣を使用しないこと。
曰く、イリヤはバーサーカーやメイドたちの手を借りないこと。
曰く、カレンはデスチリソースや蜂蜜などの混入を避けること。
曰く、バゼットは何でも力任せにしないこと。
以上。
「さて、エプロンは各自に行き渡ったな? ちゃんと紐は蝶結びに結ぶのだぞ、おかしな結び型にならんようにな」
こう、とくるり振り返り手本を見せたアーチャーに、乙女たちは互いの結び目を見てやる。そうやって綺麗に結び終えたのなら。
――――さあ。
「今日のメニューは洋風だ。デザートにイチジクのコンポートも付くぞ。出来上がったものは作った者が全て平らげるが掟だからな、せいぜい手を抜かないことだ」
はーい、とまでは行かずとも乙女たちはいい返事を返す。そして、彼女たちの戦いが始まった。
「セイバー、そんなに味見をしては出来上がりがひどく寂しいものになるぞ。凛、鍋が噴いている。目を離すなと言っただろう……桜、済まないがイリヤの方を見てやってくれないか。ライダー、誰かが怪我をして血を流すのを期待しないように。イリヤ、桜の指示を受けてくれれば君はセンスがいいのだから失敗はせん。カレン嬢……私は調味料を規定量以上投入しろと言っただろうか? バゼット嬢、力任せにはしないこと――――と私は言ったと思うのだがね」
ぱたぱたと乙女たちの間を回りながらアーチャーは忙しく世話を焼く。その度にエプロンの結び目がふわふわと揺れた。
本日キッチンは男子禁制、乙女が貸切のルールなのである。
一応キャスターにも声をかけたのだが、「今日は宗一郎様とデートの予定が入っていて」と幸せ溢れる笑顔で断られてしまった。
「けれど、また機会があったら声をかけて頂戴」首をかしげて頬に当てた手をほどき、期待に満ちた目でアーチャーの瞳を彼女は見返してきたのだったが。
彼女もまた、恋する乙女の一員である。
「きゃー! バンって! バンっていったわアーチャー!」
「イリヤ!? だから桜の指示を仰げと」
「聞いてたもん! でも爆発したのよ! レンジの中がぐっちゃぐちゃ!」
イリヤが慌てればその隙をついてカレンがボウルの中味に赤い液体を混入しようとし、それをバゼットが見咎めてアーチャーへと言いつけようとする。
キッチンはそれはもう上へ下への大騒ぎ。アーチャーは慌しくその場を駆け巡る。
「アーチャー! 凛が火傷をしました! どうしたら!?」
「何!? 全く君はこれだから……どれ、見せてみたまえ……ふむ。この程度なら軽症だ、流水でしばらく冷やしておけば痛みも消える。セイバー、済まないが作業をしばらく中断して彼女を見てやってくれないか」
「はい、わかりました」
「…………。それはそうと、君の前にある材料が加工もされていないのに随分と減っているように思えるのだが、一体どういうことかな……?」
「!」
むぐ、と喉に何かを詰まらせるセイバー。
やれやれ……と両手を挙げるアーチャーだった。
「アーチャー、わたしもう嫌。お願いだから手伝って? ね、そうしたらね、きっと素敵な料理が出来上がると思うのよ」
イリヤが猫撫で声でアーチャーに絡んでくるが、それは無理という話である。
きつくならないようそれを柔に振り払って、アーチャーは彼女へ返す。
「イリヤ。私の覚えが確かならば、君は自分の手で、自分だけの手で料理を作ってみたかったからこの会合に参加したのだった、と記憶しているのだが。それを私などの手を介入させてしまっていいものだろうか?」
「む、」
「……イリヤ?」
「む、むむむ、」
「…………」
「……わかった! わかったからそんな目でわたしを見ないでアーチャー! こんなんじゃまるでわたしがあなたをいじめてるみたいだわ! いいもんいいもん、わたしだけで作り上げてみせるんだから! そして食べてもらうのよ、アーチャー、あなたにね!」
とっても美味しいお料理を!
銀の髪を揺らしてエプロンを引っ張り下ろすイリヤに、アーチャーは、ふっと笑ってみせて。
「うん。楽しみにしているよ、イリヤ」
その小さな頭を撫でたのだった。
「で……」
「出来たー!」
快哉を上げるのはセイバーとイリヤで、それをそれぞれ異なった笑顔で見守るは凛と桜の遠坂姉妹。
ライダーはそつなく仕上げて、しかし誰も出血を伴う怪我をしなかったことを少し残念そうにして、カレンは数度も戻された真っ赤な液体が入った瓶や、砂糖のぎっしり詰まった壺をカソックの中へと仕舞い、バゼットはそれを満足げに見やる。
彼女たちの目の前には彼女たちが作った料理の数々。
血と涙と汗の結晶――――乙女たちにはいささか不似合いな言葉群ではあったが、とにかく立派なメニューがずらりと並ぶことになったのである。
「美味しいです、まさかわたしがこんな美味しいものを作れるなんて……まあ、その、量には少し難がありますが」
「だってセイバーずっと味見ばっかりしてたもの、それは当然だわ。あ、アーチャー! ねえこれ食べてみて、すっごくすごく美味しいのよ!」
「何をやっているのですカレン! せっかくわたしが調理中そんなものを混入させないようにと目を光らせていたのに今そんなものをかけたら……ああ!」
騒がしく、賑やかに摂る食事。
それはとてもとても楽しいもの。
いささか遠ざかっていたそれに、アーチャーは目を細めて。
そんな風景に、自分を溶け込ませていったのだった。
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