「……俺、洗濯物干さなきゃなんだけど」
「安心しろ、すぐ済む」
そう言ってすぐ済んだ覚えがない。衛宮士郎はそう思った。
目の前に陣取った男、アーチャー。
彼の“惚気話”は、いつだって簡単に済んだ覚えがない。
「――――というわけでな。彼は雄々しく、しかし気高く。相反する性質を簡単に持ってみせるのがランサーなのだよ」
「うんうん」
「この前など、タイムセールの時に抱え込んだ荷物をさりげなく持ってくれてだな。私はいいと言ったのだ。なのに、さりげなく手を伸ばしてくれて」
「はいはい」
「喫茶店に私が訪れた時にもサービスをしてくれたのだ。……サービスが嬉しかった、というわけではなく、その心持ちが嬉しくてだな」
「…………」
ずずず、と士郎は湯呑みの中の緑茶を飲み干す。そして、ほう、とため息をひとつ。
とりあえず洗濯物は干した。なので安心である。
それにしてもこの天然、いつまで経っても惚気話を止める気配がない。まるでそれのために設置されたスピーカーのようだ。それだけを垂れ流すスピーカー。
というか、何故当人……ランサーがいる時に直接惚気ないのか。恥ずかしいのか。照れているのか。恥ずかし乙女なのか。乙女回路なのか。
「…………」
「何だ」
「別に」
恥ずかし乙女。
目の前のガチムチマッチョ(もしかしたら有り得たかもしれない己の未来の姿)とその言葉を重ね合わせてみたが、割と違和感がなくて真顔になる士郎だった。
「で、まだ続くのか?」
「続くが?」
続くが?ではない。そろそろ夕飯の支度の時間なのだが。士郎は今度は違った意味でのため息ひとつ。まあ、アーチャーが手伝ってくれるというかひとりでほぼ進めてくれるのなら文句はない。家事が好きー、家事が好きー、な士郎だったが急ぎながらの料理は望むところではないわけで。
どうせなら丁寧にゆっくりと美味しい料理を作りたいものである。
それにしてもランサー、心得ている。ギャップ萌えだとか、さりげない心遣いだとか、ちょっとしたサービスさんだとか。
男として見習いたい部分は多々ある。……それが?それが有り得た未来の自分を落としたのか?今、たった今、士郎が感じた憧れが成長して恋心に進化した!
なのか。そうなのか。
「それにランサーは、度々自己嫌悪に陥る私をいともた易く救い上げてくれる。まるでその様は魔法のようだ」
「ふうん」
「どこもかしこも賞賛する箇所などない私だというのにな。それなのにランサーは……」
「へええ」
「……聞いているのか、貴様」
「聞いてるだろ」
真顔で士郎が返せば、同じく真顔で見つめてきていたアーチャーはほっと表情を緩め。
表情を!緩め!
「聞いているのならば、いい」
ゆっくりと、温度さえ感じられる口調でそう言った。
普段は無機質なアーチャーが。
こんな時ばかり温度を声に、表情に乗せて、そう、告げるのだ。
それは。
それが。
ランサーの与える、効果なのかと。
思わされて、思わされる士郎だった。
アーチャーの惚気は続く。それを聞きながら士郎は今ここに当の本人であるランサーを連れてきたのならアーチャーは一体どんな反応をするだろうかと思った。
真っ赤になって声を詰まらせるのか。
それとも変わらず喋り続けるのか。
後者ならばかなりの猛者だな、と思いながら士郎は湯呑みに新しい緑茶を注いだ。
ランサーの目の前でべらべらと惚気を垂れ流しまくるアーチャーの図を想像しつつ、士郎は湯呑みに口を付けた。
アーチャーの惚気は止まらない。
よくもまあネタが尽きないものである。汲めども汲めども尽きない泉のような惚気。
このランサー好き好き大好き英霊め。
「……なのだ。聞いているか? 衛宮士郎」
「聞いてるって言ったろ」
「怪しいな」
「おまえ、ただ俺に因縁付けて喧嘩ふっかけたいだけじゃないのか」
「それもないとは言い切れない」
「言い切れないのか」
言い切れないそうである。
士郎はいつの間にか無くなっていたアーチャーの湯呑みへと緑茶を注ぎ、はあ、とため息を。
「で? まだ惚気は続くのか?」
「続くが?」
うん。
続くそうである。
アーチャーの惚気は止まらない……。
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