「そうだね、彼にはパイナップルをプレゼントしようか。きっと美味しく食べてくれるよ。……バイト先とやらのロッカーに入れて、気付かない内にドカンさ」
「爺さん!」
だから、とアーチャーは必死な様子で、笑顔の切嗣に訴える。だから、なんで。
「どうして爺さんはそんなことをするんだ! 違うと言っているのに!」
「だって士郎、あいつは野良犬を通り越したハイエナだよ? 君を狙ってハアハア言いながら舌を出してる。とんでもないケダモノさ。だから、近付かれる前に……ね?」
「いや、だから、“ね?”じゃなくて!」
彼は私の気持ちを知らないし、私のことなんて何とも思ってない。切なげな顔でアーチャーがそう言えば、ううんと切嗣は首を振る。
「そんなことないよ、士郎。あいつは最低の人種さ。君の気持ちを知ってて弄んでる。君のことを単なる玩具としか思ってないんだ」
「……違う!」
「違わないよ」
すれ違う父子。アーチャーは“ランサーは私のことなんて何とも”と繰り返し、切嗣は“あいつは君のことを狙ってる”と繰り返す。
会話は平行線、どうあってもどうやっても交わることがない。本当に、本当に、本当に。
アーチャーは、気持ちをわかってほしいのに。
「本当なんだ、信じてくれ爺さん。……それとも、私などの言うことは信じられない……か?」
「まさか! 君の言うことを父である僕が信じないわけないだろう? でもね、士郎」
声を潜めて、切嗣は。
「……男はケダモノなんだよ。気をつけなさい」
「だから!」
なんでわかってくれないんだ!
何度も繰り返した言葉を再度繰り返す、アーチャーだった。


ランサーにアーチャーが抱いた淡い気持ち。
それを切嗣が知ったのは、つい最近のことだった。その時は凄かった。「よし、殺そう」と何の装飾もない言葉で切嗣はランサー抹殺宣言をして、ちゃきちゃき装備を整え始めてアーチャーを慌てさせた。そんなことしなくていい、第一ランサーは私の気持ちに気付いてない、一生この気持ちは言うつもりはない。
アーチャーがどれだけ繰り返しても、切嗣は彼の望む対応をしてはくれなかった。“わかったよ士郎”と言われてほっとしたのも束の間、「君をそんな風にしたのはあの男なんだね。身を挺してかばうように仕込んで……許せないよ」と。
ますます憎悪を育てていった切嗣に、アーチャーは焦るばかりで。
だってどうしようもない。切嗣は話を聞いてくれない。「僕の可愛い息子に手出しなんてさせない」と数々のランサー抹殺作戦を試みて、その度にアーチャーに止められている。「やめてくれ爺さん!」もう、この言葉を一月に何度叫んだことだろう。
そしてまた、今も。
「だからやめてくれと言っているじゃないか!」
ぽんぽんとてのひらの上でパイナップル――――手榴弾を跳ねさせる切嗣に、力の限りアーチャーは叫ぶ。すると切嗣は不思議そうな顔で、「どうしたんだい、士郎?」と言ってみせる始末だ。どうしたんだい、ではない。言っているのに。やめてくれと。
隠そうと、言うつもりもない気持ちを抱えるアーチャーは切嗣の行動で逆にその気持ちがランサーにわかってしまうのを恐れている節がある。
まさか本当に人間である切嗣が英霊のランサーを殺せはしないだろうが、まさかということもあった。だって切嗣は規格外。
アンリマユの呪いを受けてなお地獄から黄泉返ってきた男である。そのポテンシャルは計り知れなかった。……アーチャーでも、勝てるかどうか。
「本当なんだ、言う気なんてないしそもそもランサーは私のことなんて……」
「甘いね士郎。男のことを舐めているだろう? 男なんて性欲に満ちた生き物なのさ。現地妻がそこらじゅうにいて性欲を満足させられれば、すなわちやれれば何でもいい。そんな生き物なんだよ。清純な君にはわからない世界なんだろうけどね」
「やれ……っ」
案の定顔を真っ赤にしたアーチャーにやれやれと切嗣。やっぱりね、と肩の辺りまで広げた手を持ってきながら首を軽く左右に振ってポーズ。
「子供の頃教えただろう? 女の子の扱い方を。その時教えておけばよかったね、男の漲る性欲って奴もさ。士郎、男は狼なんだよ。気をつけなさい」
年頃になったなら慎みなさい?
古い歌がアーチャーの脳裏を掠めて、そんな場合じゃないと彼は頭をぶんぶん振り回す。
現世に深く根ざす英霊のアーチャーだから、摩耗していたとしても割とそういう無駄な知識は残っていたりする。もっと有効なことを覚えていたらいいのに。
例えば、こうやって押して押して押してくる、父親の上手ないなし方だとか。
「〜っだから爺さん、ランサーと私とは何の関係もないんだ! そしてこれから先も何の関係もなしに過ごしていく! 私たちはそういう関係なんだ! わかってくれ爺さん、頼む!」
「士郎」
真顔で、切嗣は言った。死んだような目の奥に、有無を言わせぬ力があった。
「今は関係がなくたって、君にその気がなくても、相手には気持ちがあるって可能性は充分にあるじゃないか。だって君は魅力的だ。僕の自慢の息子だからね。どこに出しても恥ずかしくない立派な息子さ。だから……奴は欲情するんだ」
「どうしてそういう話になるんだ!」
意味がわからない。ああ、全然わからない。
どこでどう話がそう繋がったのか。今のアーチャーには全然わからなかった。説明が切実に欲しかった。
切嗣と話していると宇宙人と話しているような気持ちになる、とアーチャーは思う。話の論点が急にワープするのだ。加速……切嗣の得意とする魔術。
その片鱗をこんなところで発揮しなくてもいいのに。えーと何とかアクセルだっけ。
摩耗した記憶をアーチャーが探っていると、がちゃん、と銃に弾丸を装填する音が響いて。
「さあ、準備は出来たよ。いつでもあの男を殺しに行ける。だから安心するんだよ? 士郎。君の身の安全は僕が守る」
「だから……」
なんでわかってくれないんだろう。
もしかして爺さんはボケてしまったのか?
なんて不謹慎なことを思いながら、アーチャーは何とかして彼を止める方法を考える。戦術を考えるのは得意なはずなのに、こういうことについてはからっきしなのがアーチャーだった。えーとえーとえーと、考えるがいい方法なんて全然降りてこない。
その間にも着々と切嗣は準備を進めて、ランサーを“狩りに”行こうとしている。やる。今の切嗣なら、やる。
「爺さん、本当にやめてくれないなら」
もうこれしかない、とアーチャーは思って。
「やめてくれないなら、オレは爺さんと絶縁するっ!」
「――――」
切嗣は、絶句して。それから。
「それもあの男の影響だねっ!? 安心しなさい士郎、すぐさまあいつを殺しに行ってその洗脳を解いてあげるからね! さあ、行ってくるよ。だから、いい子にして待って……」
だめだこりゃ。
がっくりと膝をつくアーチャーの前で、親として魔術師殺しとして、キリッ、とした顔を作ってみせる切嗣なのだった。



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