「マスター」
紅茶を煎れたが、と低い声。
それに戦術を立てていた老人は顔を上げて、ああ、済まない、と返す。
「アーチャーの煎れた紅茶は美味だからな」
「褒めてくれてありがとう。少し砂糖を多めに入れておいたよ。頭を使うのには糖分が必要だからね」
その顔を。
じっと見て、突然老人が噴き出す。
「……マ、スター?」
怪訝そうな低い声の主、アーチャーはくつくつと笑っているマスターことダン・ブラックモアの顔を見つめた。鋼色の瞳、その視線を思うがままに受けながら、ダン・ブラックモアは。
「いやいや。悪い意味で笑ったのではないよ、アーチャー。……その気遣いに、我が妻を思い出しただけだ」
「…………」
彼の言葉に、アーチャーの表情が沈む。
「……アンヌは紅茶を煎れるのは実に下手だったがね。それでも美味かったものだよ、気遣いがこもっている紅茶というものは」
「そう、だったのか」
「ああ、さて。このように書類を広げていてはティータイムの邪魔となるだろう」
机の上に広げていた書類を纏め、脇のベッドに置くとダン・ブラックモアは顔をくしゃりと崩し笑った。
とんとん、と。端をそろえて置くのも忘れずに。
「さあ、今日の銘柄は何かな?」
ふんわりと匂い立つ紅茶の香り。渋めのフレーバーに砂糖を二匙。
それに焼き菓子をひとつずつ。
最初は「自分にはそんな必要はない」と拒んでいたアーチャーだったのだが、ダン・ブラックモアが「どうしても共に」と引き下がらなかったので、共にティータイムを取ることになったのだ。
「マスターは押しが強い」
「そうかね」
喉を鳩のようにくつくつと鳴らして笑うダン・ブラックモア。
「ひとりきりのティータイムというのも、寂しいものだろう?」
悪戯めいた言い方で。
そう言えばアーチャーが拒めないのを彼は知っている。
「もっと戦闘に対してもそんな積極性を持ってもらいたいものだ」
「そうかね」
「また、そればかり」
「頭に来たかね」
「……私が、マスターについて」
怒ることが有り得るとでも?
カップに口を付けて、アーチャーがつぶやく。くつり。鳩の鳴き声がまた響いた。
「ほら、マスター。笑いながら紅茶など飲んでいると、喉に詰まらせるぞ」
「そんなにわしが老いぼれに?」
ちろり。
ダン・ブラックモアの視線がアーチャーを舐める。
「――――」
「見えるのかね、だとしたら残念だ」
ああ、残念だ。
そう言ってカップを傾けるダン・ブラックモア。だがその口元は笑っている。
「……マスター」
「……済まない、済まない」
「ならば笑うのを止めてくれればどうだろう」
「おまえが、あまりにも素直なものなので」
くつくつくつ、笑う声。
アーチャーはむっとした顔で。
「私は素直などではない」
「自分が知らぬだけで、充分素直だよ、おまえは」
「……孫のように?」
「そうかもしれないな」
そんなものはいなかったけれど。
つぶやいて、ダン・ブラックモアは焼き菓子に手を付けた。
んん、と、相好を崩す。
「蜜菓子か。そう甘すぎず、わし好みの味だ」
「だとしたら」
良かった。
その時だけ、アーチャーがふっと笑ってみせる。
ダン・ブラックモアの視線。
「やはり、おまえは素直な子だよ」
「……子供扱いするのは、止めてくれないか」
「孫扱いだろう?」
笑う声。アーチャーはそれを聞いて、自らのカップに手を付けるのだった。
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