「ああ――――」
美味そうだ。
べろり、と赤い舌が唇を舐めずった。
ただし、自分のものではなく他人の唇を。
ランサー。彼は狼男で。
アーチャー。彼は、吸血鬼だ。
人外の者同士、仲がいいかと思いきや彼らは天敵同士だった。人外。人間を喰らう者。
だから、当たり前に仲が悪い。
ぞっとするくらいに、悪かった。
だけれど、恋をしてはいけないという決まりはないだろう?
「ラン、サー……ッ!」
悲鳴には苦悩が足りない。殺してやりたい、という感情が彼を一杯にしてしまうくらいに溢れている。
だけど恋をした。恋を、してしまった。
それでも天敵同士だから、打ち明けることが出来ない。
首筋に噛み付かれたアーチャーは、尖る牙に殺意を募らせる。
ああ、恋してる。でも、殺さないと。
引き裂かれてしまいそうだと頭の隅で思った。背筋を駆け上っていくのは。
……いくのは。
「何だよ、アーチャー……?」
は、と息を漏らし、喰らい付いた肌から顔を上げてランサーが問う。
彼もまた、恋をした。アーチャーへと、恋心を抱いた。
その白い肌。狼男という野生的な存在なのに呆れるほど白い肌。自分は、馬鹿みたいに日に焼けてしまったような肌色をしている。
アーチャーはそのことを恥じていたが、ランサーはその褐色の肌を愛しいと思っていた。
それでも、口には出せなかった。
ああ、好きなのに。
恋を、しているのに。――――馬鹿みたいな掟のせいで、殺し合うしか出来ない。
「ん、くっ」
首に手を当てて、一気に締め上げる。そうすれば噛んだ傷跡から血がどくん、と脈動するリズムで溢れ出した。
「こうやって、」
「ん、あ!」
「血を啜るのは、おまえなのにな、」
噛んで、舐めて、辿って、啜って。舌でぴちゃぴちゃと音を立てながらランサーは荒い息の下つぶやく。
「〜――――ッ、く、」
「苦しいか? なあ、苦しいかよ、」
ならよかった、と口だけが嘘を吐く。
本当は遭わせたくない。
辛い目になど、遭わせたくはなかった。
どうせなら掻き抱いて。腰をなぞって。驚く声を間近で聞いて。唇を、奪いたい。
なのに、それは叶わない。どうしたって、叶わない。
だから、殺し合う。
恋しているのに。
どうして。
結論は、捩じれるのだろう。
「おまえの」
苦しむ顔は最高だ。
口だけが、絶え間なく嘘を吐く。苦しんで、締め上げられて、涎が流れる口端。本来は血よりもそれを啜り上げたい。
ランサーは思いながら首を締め上げ、酷薄に笑う。
「ッ!!」
びくん、と跳ね上がる足。
その膝頭がランサーの腹を急襲する。直にそれは直撃し、ランサーの口から詰まった声を上げさせた。
「……思い通りに、」
なると思うなよ。
アーチャーは口端から流れる涎を拭いつつささやく。何もならない。思い通りになんて。何も。
頭が痛くなるような掟のせいで。
どうにもならない。
一方的に、自分だけが恋をしている、と、アーチャーは。
ぬるりと、涎に塗れた手の甲が首筋から流れる血さえも拭った。
「は、はは」
気持ちが悪い。
胸がむかむかする。
上擦った声を無理矢理に紡ぎ出して、アーチャーは微笑んだ。
殺意。敵意。悪意。そればかりが場を支配して、もうどうしようもない気持ちにふたりをさせた。
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