「ん……んんっ……」
ぴちゃぴちゃと。
一心不乱に、アーチャーは自分の指先を舐めていた。
それを煙草をふかしながら、ランサーは中途半端な温度の視線で見つめている。
熱視線には、温度が足りず。
冷たい視線にも、また同じ。
上半身裸で煙草をふかすその肌には、無数の噛み跡、そして爪痕。
特に背中は酷かった。まるで剣で切り裂かれたかのように五本の線が×ことの二、つまり十本分の爪の跡が様々な場所を横断するかのように残されていて。
酷く無残な、有様だった。
「おい」
ランサーが、ふと声を発した。発さなければまるで彫像のような風情だったが、発したので彼は命を得ることが出来た。
それでもアーチャーはその声に気付かないように己の指先を舐めている。ぴちゃぴちゃと。淫らな音を立てて。
その指先は、鈍い赤色にくまなく染まっていた。
「おい、アーチャー」
少しランサーの声に低さが乗る。けれどそれは特に苛立ちという訳でもなく。
「――――あ、」
煙草を自らのてのひらで押し潰して消し、灰皿に放り捨てるとランサーは立ち上がってアーチャーの手首を掴んだ。筋力の差は歴然としている。アーチャーは、声を漏らして身を捩ったがランサーに敵うはずもない。
「本体のオレがここにいるのに何でそんなもんに固執する。物足りねえのか? それならもっと激しく……」
「違うんだ」
「あ?」
怪訝そうに上がったトーンで聞いたランサーに、唾液にまみれた己の指先片手五本分を示してみせてアーチャーは言う。どこか熱に浮かされた様子で。
「血の、味がするんだ。君の。最初は匂いがして、惹きつけられて。そうしたら味わってみたくてたまらなくなって……もうどうしようもなくて……」
「…………」
「とても。美味しかったよ、君の血の味は」
鋼色の瞳。
倒錯に耽って、うっとりとしている。
そんなアーチャーに、ランサーは。
「……なら、持ってけ」
「え?」
「もっと持ってけ。好きなように、好きなだけ。血だけじゃねえよ、肉だって喰らってもいい。きっと美味いだろうぜ……?」
「そ、んな」
「今更禁忌どうこうって関係じゃねえだろ。おら、好きなだけ喰らえ。てめえで出来ねえって言うなら」
すぱっ、と。
「え?」
切り裂く音がして、次の瞬間にはランサーの腕が切り裂かれていた。
「ラン、サー!?」
「……おら、飲めよ。好きなだけ飲め。そこから喰らったっていい。牙を立てて喰らいつけ。……獣になれよ、アーチャー」
「あ、あ」
ふらふら、と。
足取りも怪しくよろめくアーチャー、だがその行方は間違いなくランサーの元へと向かっていて。
溢れる血の元へと、足取りは向かっていて。
「ん……は、むっ」
傷口に喰らいつくと、アーチャーは血を啜りだす。舌先をちろちろと出して傷口を抉るようにして血が決して止まらないようにしながら存分に丹念にランサーの血を味わって勢い余って肉に喰らいつき肉片を噛み千切り飲み込んで、笑って。
「……ふ、ふ、」
悦に、悦びに、感極まっていた。
それを半ば無表情で見つめていたランサーだったが、それを見てにやりと口元を歪め笑う。傷口の痛みなど別段彼には気にならないのかもしれない。
そんな、笑顔だった。
「しっかり喰らいつけよ。でねえと傷口が癒えちまうぜ? そう……そうだ、そうやって始終傷つけてねえと……塞がっちまうからよ」
「ん、うんっ……は、んっ、」
笑いながらアーチャーはランサーの血を啜り、肉片を食む。暗い、笑みだった。
魂を悪魔に握られたような、心臓を悪魔に奪われたような、そんな笑みだった。
「ふ、ふふっ、ふ……あ……は……っ……ラン……サー……っ……」
完全に血肉の虜となったアーチャーを見てランサーは笑う。いやに満足そうに。
痛みなど感じていないのだろうか。そんな風にしか思えない笑みだった。
「いいぜアーチャー……おまえはオレだけの……」
続きはアーチャーの耳には届かなかった。ランサーの腕の傷口から血を啜るために身を屈めていたアーチャーの首筋に、突如ランサーが喰らいついたから。
「んんっ……あ……!」
突き立てられた犬歯。それはアーチャーの皮膚に肉に穴を穿ち、中から血という名の体液を溢れさせる。
「っは……口がお留守だぜ? もっとしっかり喰らいつけ……よ!」
「ん、っ……!」
口の中に押し込まれるようにして押し当てられた傷口、同時に再び喰らいつくランサーの牙。
息苦しさに喘ぎ、それでも笑いながらアーチャーは血を啜り、肉を食んだ。
それはそれは途方もない、甘い甘い蜜のような味だった。
だから。
だからアーチャーは、何も考えることなくその甘い味と痛みに笑いながら溺れるのだった。



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