ぬらぬらと這う。
「ん――――は……」
紋様が溶け出して肌に絡み付いてきた。
アーチャーはそれに震えながら、持ち手の箇所に舌を添わせる。
奇妙な気分だった。
心などどこにもない、武器を愛するというのは。
まだわかる。その武器の主を愛するというのなら。
なのにアーチャーは武器自身を愛していた。否、愛さざるを得なかった。
生前に己の胸を貫いた必中の槍。それがずくずくと傍にあるだけで心を疼かせることに気付いたのはいつだったか。
武器と武器の持ち主は共に。だから初めはその欲求が全てランサーへと向けられたものだったと思っていた。
それが、武器にも固執していると気付いたのは本当にいつのことだったのだろう?
「く――――ぅ、」
ずるり、と胸に手を当て、目を閉じて意識を集中させる。奥へと深く深く潜っていく。
そうして、見つけた。
見つけたそれを掴んで、一気に内臓ごと引きずり出す勢いで己の内から引っ張り出す。
「……ふ、ぁ、」
やすやすと出でた赤い魔槍はレプリカ。それでも真には迫っていた。
何しろ、一度心臓を穿ったものである。“彼女”の剣と同じくらいにはアーチャーの中で形を成していたのだった。
はあはあと荒い息をつきながら、アーチャーは目の前に転がる魔槍を見つめていた。
血に濡れたような赤い赤い赤い槍。
自分が産み出した。
ほとんど呆然としてそれを見ていると、ふとそれが蠢きだして。
「え、?」
ぬらり、と。
表面に刻まれた複雑な紋様が揺らめき始めたのだ。
蔦のようなそれはさながら触手のように蠢いて、地面に顎を置き尻を高く突き上げたアーチャーの体を悪戯に這い回っていた。
一体どういう趣向だろう。どこかで糸を引く者がいるのか。
それにしたって悪趣味だ。彼の武器で自分を弄ぼうなどと。
そんなことを言うなら――――こっそりと、彼の武器を投影して悦に至ろうとしたアーチャーとて悪趣味だったのだが。
「ん、ぅ、」
細い一本が口内に忍び込んできて、舌をそっと絡め取る。くすぐったい。じわりと絡め取られた舌から唾液が溢れ、口内を軽い飽和状態にした。
唾液をたっぷりまぶされたそれは好き勝手にアーチャーの口内を這い回る。舌、歯列、上顎、下顎。好き放題に嬲っていきながらしゅるりと抜け出ていく。
ぽたぽたとこぼれる唾液、小さく池を作って地面へと伏したアーチャーの顎を濡らす。
「あ、く」
古びたアニメーション映画のように蔦はぴょこんとアーチャーの前で直立してみせ、一度お辞儀までしてみせた。
その滑稽な様子にアーチャーは一瞬ほど己が置かれた状況を見失う。
夢のようだった。いや、夢なのだろうか。
判別がつかない。理解が追いつかない。どうしようもない。
やめてしまいたい、考えるのを。
目を閉じれば意識を失って、次に目を開けた時には――――。
などと。
人でもないのに、馬鹿なことを考えた。
「っ!」
服の隙間から蔦がもう一本侵入してきて、アーチャーはびくんと体を強張らせた。それは背筋をなぞり、下から上へと撫で上げていく。
首だけ振り返って見ていたその光景を振り切るように前に顔を戻せば、目の前で蕩ける赤い槍。
もはやそれは槍であって槍でない。赤い一振りの槍は蕩け、形を保つのは呪いの刻まれた蔦だけとなり、本体の槍自身はスープのように広がって溢れていた。
その様に絶句するアーチャーの体でまた一本の蔦が遊ぶ。
これは罰なのではないかとアーチャーは嬲られながら思った。彼の気高い武器をレプリカなどで喚んで、手慰みにしようとしたから。
ほんの少しだけ、眺めるだけと、それでも。
あの夜に自分の命を奪った輝きに触れてみたいと思ってしまった。それがきっといけないことだったのだ。
詫びようにも本人はどこにもいない。いたとしても詫びることなど出来ようもない。
だから思った。甘んじて受けようと。
武器を通じて、彼からの報いを。彼からの裁きを。
済まない。済まない。済まない、済まない。
謝って許されることではないけれど。
それでも。
「ぅあ……っ……」
また、一本。
罰のように、蔦が忍び寄る。
アーチャーは甘んじてそれを受け入れる。
その遠くでは、蕩けた魔槍のレプリカが海のように広がっていた。
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