ばたん。
「爺さん、ただいま!」
ばたばたばたばたばた、
「ああ、おかえり、しろ……」
「離れてて寂しかったよ爺さん! もう嫌だ、三日も爺さんに会えないなんてオレ嫌だよ! 長期任務になんてつきたくない!」
「ちょっ……ちょっとちょっと、待ちなさい士郎!」
がばーっ、と、居間に走り込んできた勢いのまま和服姿の切嗣に抱きついたアーチャーを、咥え煙草で新聞を読んでいた切嗣は慌てて諌める。自分より大柄な息子、ただし精神年齢は大幅ダウン。
一人称もいつもの“私”ではなく“オレ”だし、というかその言い方以外を切嗣は知らないし。
聖杯によって召喚された切嗣に衛宮邸の居間で真っ先に出会ったアーチャーはぽかんと目を丸くして固まって、それからぶるぶると震えて。
そして、ゴーゴーしたのだった。
『じいさあああああん!!』
『えええ!? その呼び方……士郎、なのかい!?』
当たり前だ、切嗣にしてみれば“衛宮士郎”は赤銅色の髪に琥珀色の瞳、それと己より低い身長だ。間違っても白髪に鋼色の瞳、褐色の肌と己より大柄な体躯を持つ男ではない。
それでも切々とアーチャーが訴えたせいで納得して、こうやって切嗣はアーチャーを“士郎”と呼んで自分の息子として扱っている。
「よしよし士郎、寂しかったんだね。もう大丈夫だよ、クライアントには話を通しておくから。もう士郎には、長期任務は回さないようにって」
「うん! ありがとう、爺さん!」
ぱあっと華が咲くように微笑むアーチャーの笑顔は眩しい。出力はおそらく200%、違う意味で親馬鹿フルスロットルであり「切嗣を馬鹿にしたら誰でもコロす」モードと化している。
そんなアーチャーを言い方は悪いが実に見事に切嗣は操って、自分の傍に置いている。
「あっ、爺さん。でもさ、爺さんも長期任務は入れちゃ駄目だぞ? それじゃ意味ないんだからな、オレがここに独りでいたって意味ないんだから。爺さんとさ、一緒にいるから意味があるんだから!」
「はいはい、わかったわかった」
ぽんぽん、と白髪の頭を慣れた様子で切嗣が叩く。するとアーチャーは狭い額を撫でられた子猫のように気持ちよさげに目を細めた。
「……へへ」
明らかにアーチャーらしくない感じで笑って、アーチャーはぽん、ぽん、ぽん、と叩かれるリズムのまま頭を揺らす。上下する頭、やがて切嗣は白い髪に指先を通してそれを梳き出す。
「くすぐったい、爺さん」
「いいだろ? 士郎、子供の頃からこうされるの好きだったじゃないか。でもちょっと、立ってられると辛いけどね」
こうやってしゃがんでてくれれば大丈夫さ。
切嗣は言いながらアーチャーの髪を梳く。好きだったじゃないか。その言葉の通り、アーチャーの瞳がとろん、としてくる。
だが。
「はっ」
アーチャーは目をかっと見開いて、慌てた様子で立ち上がる。それから、
「こんなこと……いや、嬉しいけど、じゃなくて、こんな場合じゃないんだ! もう夕飯の時間だろ、早く作らなきゃ!」
「え……そんなの、出前でいいんじゃ」
「駄目だろっ!」
もう!とアーチャーは腰に手を当てて。
「爺さんは放っておくと何でも出前や買い食いで済ませるんだから! そんなんじゃ栄養状態も狂っちゃうしな、体にも良くないんだからなっ! 今から何か作るから、爺さんはおとなしく待ってること!」
「……はい」
ぺこり、と切嗣が頭を下げればアーチャーは胸を張って、それからにっこりと笑ってみせる。それから一度切嗣に抱きついてその勢いのまま押し倒して。
重い、重いよ士郎!と彼に声を上げさせたのだった。


「相変わらず士郎の作るご飯は美味しいなぁ」
「そう思うなら出前やインスタントに頼らずオレに頼ってくれよ」
「はは、そうだね」
でも、父親として息子に頼りっきりっていうのもなあ。
のんびりと箸を咥えて切嗣が言えば、ねぶり箸禁止!と声を飛ばしてからアーチャーが大皿からひょいひょい里芋の煮物をひとつふたつ、切嗣の皿に取り分ける。
「何言ってんだよ、オレたち家族だろ。家族同士が頼りあわなくなってどうするんだよ。……あと、寂しいこと言わないでくれよ爺さん」
「……ごめんね? 士郎」
「うん」
ひょいひょい、と今度は切嗣の少し苦手とする竹の子を皿に入れて「あっ」と彼に言わせると笑って、アーチャーは機嫌が直ったような様を見せる。
「わかればいいんだ」
オレたちふたりっきりの家族なんだからさ、言ってアーチャーはとんでもない甘えっぷりを披露する。すなわち、
「な、爺さん」
「ん?」
「今日、一緒に寝よう」
「…………」
「べ、別に変な意味とかじゃなくてさ!」
ただ、寂しかったから。
「寂しかったから、手とか……繋いで寝たりしたい、だけで」
変な意味とかないから、と言うアーチャーをぽっかりと丸くした目で見つめてから、切嗣はふっと微笑を浮かべた。
「いいよ」
「! ……本当に?」
「僕が士郎に嘘をついたことがあるかい?」
「な……かった、」
かな、と首をアーチャーが傾げれば、切嗣はかくんと姿勢を崩して。
ひどいよ士郎、なんて言う彼にごめん爺さん、と笑ってアーチャーが言う。その顔は。
その顔は、何があろうと「幸せ」を感じている、顔だった。



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