「ふーふっ、アーチャー!」
「わっ」
後ろから。
ぽん、と軽い、温かいものが飛び付いてきて、正座して洗濯物を畳んでいたアーチャーは驚きの声を上げた。
首だけで後ろを振り向けば、そこには。
「うふふ、びっくりした?」
「――――イリヤ」
驚かせないでくれ。
そうアーチャーは言ったが、ぴんと鼻先に衝撃を食らう。思わず目を閉じてそれに耐えれば、くすくすと笑う小さな姉の気配。
「不意打ちに。弱いのね?」
シ・ロ・ウ、と甘い声でささやかれて「〜、」と反論のための言葉を失った。
「あらあらまあまあ」
そんな姉弟のじゃれ合い(一方的)に、艶やかに無邪気に微笑む母の声。アイリスフィール、通称アイリ母さんだ。
「アーチャーくんにイリヤったら、仲良しさんなんだから。わたしちょっと嫉妬しちゃうかも」
「お母様も来ればいいのよ。一緒にアーチャー……シロウを可愛がりましょう?」
「や、やめ、」
「あら、怖がってるの? シロウったら可愛い!」
「こらこらイリヤにアイリ。アーチャーを虐めるのはやめなさい」
そこにのんびりとした父、切嗣の声。読んでいた新聞をがさりと言わせてその向こうから語りかけてくる彼の口調は、ひどくのんびりとしていた。
完全におうちモードを満喫している。愛ある家族生活を満喫していた。
「もー、キリツグ煙草やめて! わたしとお母様の髪に匂いがつくじゃない! それと家にもよ!」
「と言われてもなあ、もう常用しちゃってるしなあ」
やはりのんびりと言う切嗣はぷっかり煙草を噴かしている。それにイリヤは手をぱたぱたさせて、もう一方の手で鼻を摘んでいる。だからどこか詰まった、妙に甲高い声になった。
「そうだぞ爺さんー。煙草は健康に良くないんだからなー」
やめてくれよー、と台所から今度は士郎の声。じゃっじゃっじゃっ、と夕立のような調理の音。たぶん今日は炒め物なのだ。
ちなみに本日の家事担当、洗濯担当がアーチャーで調理担当が士郎。今ここにいないアンリはと言えば?
「たっだいまーっ!」
玄関から楽しそうな声が聞こえる。あっ帰ってきた、というどこか残念そうなイリヤの声、それと同時にぱたぱたぱたと駆けてくる音が聞こえて、
「へへーっ、しっかり買い物してきてやったぜーっ、というわけで褒めて褒めて褒めてーっ!」
「わ、わっ!?」
いつの間にか後ろに回ったイリヤに抱きしめられたアーチャーだったが、居間に走り込んできたアンリにダイブを食らい思わずイリヤごと転倒する。
幸いにもイリヤを下敷きにするのは避けられたものの、完全にアンリを掛け布団状態にすることとなった。
「こら、アンリマユ! 危ないだろう! 姉さんが無事だったからよかったものの……」
「あれあれ? ドキドキしちゃいました? ドキドキしちゃいましたか?」
目をきょろんと丸くして首を傾げるアンリに「なっ」と声を詰まらせるアーチャー、それを見てアンリはにっかり笑う。その笑みは悪魔ではなく小悪魔のようで。
「ヤダー、エミヤさんったら乙女なんだからーっ!」
「どっ、けっ! 私の忍耐が切れんうちにどけーっ!」
「イヤデス」
「この……っ」
「もー! わたしにも構ってよー!」
シロウったらー!と甲高い声がして、アンリの上にイリヤが飛び掛った。ぐえ、と潰れた蛙のようなアンリの声。さすがにアーチャーの息も詰まる。子ガメの上へと孫ガメが乗った。状態である。転がる前にもう転がっているので意味はなかった。
「みんな元気がいいなあ、僕なんてもう枯れてるからさ……」
「爺さん! 黄昏れてないで助けてくれ! とりあえずは姉さんを!」
「いやいや、僕には無理さ。おとなしく士郎の助けを待ってくれないかな、アーチャー?」
「そうだぞー、もうすぐ終わるから我慢して……って俺?」
意表を突かれたような声が台所から。けれどすぐ納得したようで、じゃっ、じゃっ、じゃっ、じゃっ、と調理に戻る。
「……アイリスフィール? まさかあなたまで飛び掛かろうとは思っていないだろうな?」
「……あらやだ、どうしてわかったの?」
絶句。なアーチャーに頬に手を当ててうふふと笑うアイリ。だってとっても楽しそうなんだもの、と言われれば脱力する他ない。
「わたしもご一緒したいわアーチャーくん、駄目?」
「……駄目だ」
「あらー」
残念ね、とつぶやく姿は本当に残念そうで。
さらに脱力してしまう、アーチャーだった。
「アイリ、イリヤ。あんまりアーチャーをいじめないであげてくれよ?」
せめてもの援護射撃、というかのように横から切嗣の口添えが入るがあまり意味はない。
そして何故アンリには何も言わないのか。弱味でも握られているのか。四次聖杯戦争のアレなのか。
ぐるぐるぐる、と考えるアーチャーの上から、ひょい、ととりあえずはアンリを持ち上げる士郎、それをぽいっと横に放る。
続いてイリヤに手を伸ばし、切嗣譲りののんびりとした口調で告げる。
「ほら、ご飯出来たぞ。皆で食べるんだろ? おとなしく席についてくれ」
「シロの意地悪ー」
「うんうん、シロウってば意地悪!」
「後でやればいいだろ」
「そういう問題かっ!」
叫んでしまう、アーチャーだった。



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