「突然で済まないが、ランサー。君の体を触らせてくれないだろうか」
「……は?」
本当に突然だった。
アーチャーの言うことには、
「いや、この体になって随分と長いだろう? こうなってしまってはもしかして精神の方からも弊害があり、男に戻った時に不具合があるかもしれん」
「はあ」
「だから、今。筋肉の作りを覚えておきたいのだよ」
「はあ」
「男になって充分な筋肉を取り戻した時に戸惑ったり躊躇ったりすることなどのないように! 私は君の体に!」
「よーしアーチャーさん、ちょっと落ち着こうな、落ち着こう」
笑顔でアーチャーの肩に手を置くランサーだった。
「それでは……よし。触るぞ」
「好きにしな」
体の力を抜いて、身を投げ出す。すればアーチャーの小さくなった手が伸びてきて、
「…………」
ぺたり。
ぺた、ぺたり。
ぺたぺたぺた。
「ふむ……」
いや。
ふむ、じゃねえよ。
心中で突っ込むランサーだったが、内心ちょっとドキドキだった。
いつもは触るばかりで、触られるということはほとんどなかったから。だから、その、新鮮で。しかも相手は常の、男であるアーチャーではなく、女であるアーチャーだったのだし。
やっべぇ。
ドキドキしてきた。
恋愛に関しては百戦錬磨のランサーであったが、アーチャーに関してはやや純情方面に身を落としていた。何というか、その、何かと、いろいろと規格外だったのだ、アーチャーは。
こんな奴見たことねえよ、というのがランサーの意見。ツンデレとかいうのがまず神代にはなかったし。ツンってなんだ美味いのか。デレって何だ以下略。
聖杯システムだって、知らん。調べろ。のひとことで教えてくれなかったし!と言うのがランサーの言。
「ん……?」
待て。
何か変なところでもあったか?教えろよ。治すから!
かなり情けない状態にあったランサーに、アーチャーの衝撃的なひとことが落とされた。
「うん。やはり生地越しではわかりにくい部分もあるな。脱いでくれ」
「は?」
なにゆってるんですかこのひと?
「え?」
「だから脱いでくれ、と言ったのだが?」
そう言って首をかしげる姿は大変愛らしいけどそうじゃなくてよ。
「脱……?」
「そうだ。服を脱いでくれ。上だけで構わない」
「ええー……」
ちょっと待て。
生肌に触らせろと言ってるのか、この弓兵は。
「駄目だろうか……?」
「……別に構わねえけど?」
「!」
あからさまにぱっとなる顔に、ちくしょうと思った。あと惚れたもんが負けだという言葉が頭に過ぎった。
がばっとシャツを脱ぎ、遠くへ放り捨てる。何だか不満そうになった表情に、「するんだろ」と言えばその不機嫌も消えてこくこくこく、と頷いた。
「ん……ぅん……、熱い……」
「…………」
「密度が……すごい、な……。そうは見えなくとも、やはり君の体は……」
あのな。
誤解されるからそういう物言いやめろ。
第一回・チキチキポーカーフェイス維持大会(ただし参加者は独り)にエントリーしたランサーは顔をふいっすして悩ましげな声と表情を逸らそうと我慢する。
よし、いい子だ、いい子だオレ……!このまま維持を貫いて優勝を果たすんだ……!
「あ」
「あ?」
「すご……い」
「だからそういう言い方やめろっつってんだろ!」
無理だった。
在りもしないちゃぶ台をひっくり返して乙女走りで逃げていったランサーを、アーチャーはきょとんとしたまなざしで見守り。
ランサーが戻ってきた頃には、アーチャーは元通りの男になっていたそうな。
めでたいのかめでたくないのか。それはランサーにしか、わからないことだ。
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