「士郎天使が! 僕の天使が三人も戯れてるよ!」
「爺さんも混ざってきたら?」
「やめてくれ、そんな恐れ多い! 僕は見ているだけで充分さ、というか幸せで死ぬ」
幸せで人は死ぬんだよ士郎、と真顔で言って、馬鹿親……いや、親馬鹿切嗣はカメラを構えた。そして華麗にフラッシュを焚く。ぱしゃぱしゃぱしゃと連続音。
しかし、その音に「天使三人」が気付くことはなかった。


「アーチャーくん、アーチャーくん! ねえ、庭園を一緒に散歩しましょう? きっとピンクの薔薇が咲いてるわ、イリヤみたいなね。そして赤い薔薇もよ、そう、あなたみたいな!」
「ずるいお母様、アーチャーと腕を組むのはわたし! ねえアーチャー、もっと傍まで来て! でないと届かないわ!」
「あの……その、アイリスフィール、イリヤスフィール……」
「アイリって呼んで!」
「イリヤって呼んで!」
母子の声がハモる。甘い可憐な声に左右から呼ばれ、明らかにアーチャーは戸惑っていた。白い髪に白い肌、それと赤い瞳といった、アインツベルン純正ホムンクルスであるアイリ&イリヤ親子にサラウンドで迫られて、アーチャーたじたじである。お願い誰か助けて、ただし衛宮士郎おまえは駄目だ状態。
だから爺さんこと衛宮切嗣に助けてほしいのだけど、彼はさっきからカメラのシャッターをばしばしと切っていてアーチャーの無言のアイコンタクトになど当面気付きそうもない。というか舞い上がっている、完全に。
砂糖菓子のような母子、アイリとイリヤ。柔らかい体がぎゅっぎゅと押し付けられて、彼女たちが壊れてしまうんではないかとアーチャーはハラハラした。
こんな自分に触ったら、穢れてしまうんじゃないかと本気で心配した。


「ああ天使! 天使! 僕のマイ天使たち! 士郎、君もよく見ておくといいよ! 至上の天国であるこの光景を!」
「いや……爺さんちょっと落ち着こう。な? アーチャー助け求めてるだろ? 助けに行ってやらないと……」
「どうしてだい!? どうして助けなんて求めるのさ、士郎! アイリとイリヤにあれだけ愛されてるんだよ!? 幸せじゃないはずがないじゃないか! というか、幸せじゃないなんておかしい」
「いや、今の爺さんのテンションの方がおかしい……」
思わず頭の中味を心配されてしまった切嗣さんでした。
それはさておき。


「それでなければお茶会をしましょう! セラとリズに言って美味しいお茶とケーキを用意するから! ね?」
「あら駄目よお母様、リズはともかくセラはこういうことに非協力的だもの。それにねそれにね、お茶とケーキだけじゃいけないわ。焼きたてのクッキーとスコーンとパウンドケーキも用意しなきゃ。アーチャーはお菓子は好き? 好きでしょう?」
「いや……嫌い……ではないが……」
というか作る方が好きです。
言ってしまいそうになったアーチャーだったが堪えた。偉い。お茶もケーキもクッキーもスコーンもパウンドケーキも他人に用意する方が好きだ。
「薔薇の花びらを浮かべた紅茶なんていいわね、とってもロマンチック! あ、でも、衛生的にどうなのかしら」
「大丈夫よお母様、わたしたちの庭園で育ててる薔薇は無農薬だもの。お茶に入れても綺麗だし食べても害はないわ」
薔薇の花びらを浮かべた紅茶。それは確かに似合うだろう、アイリとイリヤにとっては。
けれど自分に似合うとはとてもじゃないがアーチャーは思えなくて、言葉をぐっと呑み込んでしまう。出てこない反論の言葉。あまりにも無邪気にきゃっきゃと母子たちが騒ぐから。
「生クリームをゆるく泡立てて、スライスしたパウンドケーキの横に乗せるの! 想像するだけで美味しそうじゃない? あ、でも、アーチャーくんったら口端に付けちゃうかもしれないわね」
「そうね、そしたらわたしが拭いてあげるわ! 付いたくずも取ってあげる! ふふ、舌でぺろって舐めちゃおうかな」
「ね、姉さん!」
とうとう忍耐は負け、アーチャーの口から「姉さん」とイリヤを呼ぶ言葉が迸った。そうすればイリヤの顔は見る見るうちに輝いて、さらにぎゅっとアーチャーへと抱き付いてくる。
「イリヤも嬉しいけど、姉さんの方がもっと嬉しいわ! ね、アーチャー!」
「あーっ、ずるーい! ねえねえっ、アーチャーくん! わたしのことも呼んで! “お母さん”って!」
「お、おかっ、」
「お・か・あ・さ・ん」
はあと、と最後に付いてきそうな甘ったるいアイリの台詞にアーチャーは硬直して、あら?と不思議そうなアイリの首を傾げる様を見る羽目になった。
あら?ではないというのに。


「僕も正直お父さんって呼んでほしい」
「……爺さん……」
真顔の切嗣と呆れ顔の士郎だった。まあ仕方ない。
お父さんと呼んでもらいたがる切嗣も、その言動に呆れてしまう士郎も。
どっちも仕方のないことなのだ。
「ああマイ天使たち僕のマイ天使マイ天使マイ天使でスリー天使……トリプル天使……僕は今幸せだよシャーレイ……」
「いやシャーレイって誰」
もっともな士郎のツッコミだった。シャーレイを今ここで出すな。


「イリヤイリヤ、アーチャーくんをわたしとイリヤで挟んで、ほら、ぎゅーっ!」
「うんうんお母様、ぎゅーっ!」
「…………!!」
既に声も出ないアーチャー。母子のある意味過激すぎるスキンシップ。
ぞっとするくらいの甘ったるさ。ほわほわと淡雪のような二人組。
赤い瞳はドレンチェリー。甘いチェリーにさらに甘いジェリーをかけてコーティングするのだ。
「というか、あれなのよね。わたしがアーチャーに魔眼で暗示をかけちゃえばいいんだわ。……大丈夫よ、痛くしないから……」
「あら、イリヤあなた魔眼なんて使えるの? すごいわねえ!」
無邪気にはしゃぐ母と胸を張る娘、正直規格外すぎてとてもじゃないがアーチャーにはついていけない。というかついていかなくていいだろう、無理矢理にでも引っ張っていかれるのだから。
「ほらアーチャー……わたしの目を見て……」
ぎしり、とアーチャーの体は軋んで。
イリヤの言葉に、逆らえなくなって。
そうやってアーチャーは、見事アイリ&イリヤの手の中へころころんと転がり落ちていったのだった。



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